「海よりも深く自分の人生を愛す」海よりもまだ深く 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
海よりも深く自分の人生を愛す
まだ「海街diary」の余韻が残りつつも、是枝裕和が続けて贈る監督最新作。
個人的に毎回ハイスコアの是枝作品だが、今回も期待にそぐわぬ良作。
オリジナル脚本で、望んでいた大人になれなかった中年男とその家族の物語。
篠田良多。
15年前に一度文学賞を取ったっきり、その後全く芽が出ず、「執筆の取材の為」と探偵事務所で生活費を稼ぐ日々。時に依頼主だけじゃなく、調査相手からも悪どく金を要求。
稼いだ金はすぐギャンブルへ。あっという間に浪費。金欠。
結婚していたものの、愛想尽かされ、離婚。息子への養育費は滞りがち。
元妻に未練タラタラで、探偵という仕事を利用して身辺調査。恋人が居ると知り、ショック…。
良多の登場シーンが秀逸。
親の居ぬ間に勝手に上がり込み、金目の物を物色。仏壇の饅頭を一口パクリ。
やってる事は立派な家宅侵入・窃盗。オイッ!(笑)
…と言うように、画に描いたようなダメ大人。
ここまでダメダメだと逆に天晴れ!
それを阿部寛が演じる。最高!
そんな良多だが、度々母親に会いに行っている。
母・淑子は団地で気楽な独り暮らし。
団地の外観もかつては賑わってたであろうが今は寂れ、中も染み付いた生活臭がツンと匂ってきそう。
大勢集まると、狭くて狭くて…。
ちょっと入りたくないくらい汚れた風呂場。
訪ねると、おせっかいでお喋り。
暑い日は、冷凍庫でカチンコチンに凍らせた冷蔵庫臭たっぷりのカルピスをスプーンでほじくりながら…。
もう、マジで自分の祖父母の家を思い出した!
二人共もう亡くなったが、団地住まいで、日曜には両親と毎週のように会いに行った。
ニコニコと出迎え、ちょっと濃い目だけど手作りの祖母の味。
帰る時は、「泊まってけ、泊まってけ」。
部屋の窓から手を振って見送り。
あのカチンコチンのカルピスなんて、間違いなく食べた!
昔の記憶が蘇り、作品世界に入り浸ってしまった。
それらを絶妙に表した演出、そして樹木希林の演技については、もはや言葉を重ねなくてもいいだろう。
ひょんな事から淑子の家に集った良多と元妻と息子。
台風直撃で一晩泊まる事になった元家族は…。
劇中の良多さながら、ついメモしたくなる台詞も多い。
「何処で狂ったんやろ、私の人生」
「男ってのは失ってから初めて愛に気付く」
「全てひっくるめて私の人生」
「誰かの過去になる勇気を持つのが大人の男」
「そう簡単に望んだ大人になんかなれないんだよ」
まるで自分の事を言われてるような、自分の心を見透かされているような台詞の数々に胸がチクチク。
これらの台詞が表すように、切なくて可笑しい本作。
でもそれ以上に、温もりこそを感じた。
良多は確かにダメな大人だけど、実はとても母親思い。(金目の物を物色しておいて、見栄張って母親に小遣いやって、その後姉に金を借りに行くなんて、どうしても憎めない!)
そんな母も、大器晩成(になるであろう)の息子が可愛くて仕方ない。
良多の探偵の後輩も、ダメな先輩を慕っている。(池松壮亮、好演)
良多の息子の表情から、父親の事をどう思ってるかは読み取り難い。
しかし、雨の中のアレ。
良多も自分の亡き父親としたというアレ。
良多の父親もギャンブル好きの困ったダメ親父。
そんな父と比べられるのが嫌な良多。
でも、良多も息子もただ単に自分の父親が嫌いという感情だけではなく…。
祖父・父・息子、やっぱり血の繋がった似た者同士なんだなぁ、と。(この子役が巧い)
真木よう子が演じた元妻。
恋人が元旦那の小説を読んだと言い、「で、どうだった?」と聞き返した時のちょっと嬉しそうな表情。
99.9%は元旦那にうんざりしてるけど、0.1%は…。
女性は前の男の事はキッパリ忘れるというが、一度は愛し合って夫婦になった男と女、そう容易くは…。
それぞれの複雑な思いを胸に過ごした一晩は、それぞれにとってもケジメ。
ここでまた台詞が心に残る。
「幸せってのは、何かを諦めないと手に入らないもの」
不思議な事に、映画で成功者の華麗なサクセス・ストーリーを見ても全く面白くないのに、ダメ人間の不器用な人生を見てると堪らなく愛しい。
全員がじゃないけど、多くの人が同じ思いを抱いているから。
なりたい大人があった。
こんな人生の筈じゃなかった。
なれなかった人生の中で、不器用に幸せを見出だす。
皆、海よりも深く自分の人生を愛している。