好きにならずにいられないのレビュー・感想・評価
全53件中、1~20件目を表示
自由で孤独、共感した。
人と同じでなくてもいい。自分の好きなものを自分の趣味に没頭できる時間。自分の優しさを発揮できる人がいることお礼とかありがとうの言葉、求めないいさぎよさ。
フーシを見習って、自由に孤独に、自分らしく生きたいと思った。
アイスランドの純文学
好きにならずにいられない(Fúsi)
──孤独と優しさの閾値をめぐる私的考察
ベルリン国際映画祭やトライベッカ映画祭で賞を受賞したアイスランド映画『好きにならずにいられない』
原題は「Fúsi」、主人公の名前そのものだ。
43歳、独身、太った巨漢でハゲ頭。趣味は戦争のジオラマ、特技は機械操作。毎日同じことを繰り返し、職場ではいじめを受けても知らん顔でやり過ごす。
彼の生き方は、現代社会では「何もしない」という選択に見える。
何もしないことは悪なのだろうか?
親は「自立」を迫り、同僚は陰口を叩く。
自立という言葉は、いつの間にか正義のマストになってしまった。
フーシの母も、夫を失ってから恋人と暮らしながら、息子の自立を望むが、子離れできない寂しさを抱えている。
そんなフーシの前に現れるのがシェヴン。
彼女は嘘をつく。
花屋で働いていると言いながら、実際は清掃会社を無断欠勤している。
なぜ嘘をつくのか?
それは、捨てた夢を夢のまま持っていた方が「いい人」に見えるからだろう。
彼女の心には孤独が巣食っている。
孤独を愛してしまった人間は、その殻を破ることが怖い。だから「一緒に住みたい」と言いながら、引っ越し当日に「やっぱ無理」と告げる。
別れの言葉だ。
ここで私は考える。
フーシの優しさは、どこまでが優しさで、どこからが自己犠牲なのか?
鬱でトイレに籠る彼女を世話し続ける彼。
「君を喜ばせたかった」という言葉は、誰もが共感できる。
しかし、誰にも閾値がある。
フーシの懐は、真似できないほど大きい。
やがて、フーシは決定的な学びを得る。
職場でショーガールとの性行為を強要されそうになったとき、初めて力で拒絶した。
受け入れられることと、受け入れられないことがある。
それは人それぞれだ。
フーシは、シェヴンの孤独という絶対領域を犯せないと悟る。
そして、彼女に元お菓子屋の空き店舗をプレゼントする。
それは映画「あの娘は知らない」のサンダーソニアに込めた花言葉の祈りのようだった。
二人で行くはずだったエジプト旅行。
フーシは一人で飛行機に乗り込む。
アイスランドの寒さから灼熱の砂漠へ。
離陸の瞬間、彼は微笑む。
他人を変えることはできない。
しかし、自分を変えることはできる。
この映画は、その普遍的な気づきを、私にそっと差し出してきた。
じわじわ
主人公フーシは見かけは太くてオタク気質だけど、とびきり優しい奴。職場の同僚や近所の人がきつい対応を後日謝罪しても「気にするな」と一言。情緒不安定でコロコロ対応が変わる彼女にも常に優しく接していました。
一方で友人やラジオDJ、タイ料理屋の主人、彼女の代わりに働いた職場の人たちが彼に好意的に接してくれます。
その彼らのフーシに向ける行為が彼の人間の器量の良さを極わだせていきます。特にいじめられるんじゃないか、そわそわして、パブでまさかビールを奢られる時の拍子抜けした表情はかわいかった笑 フーシの仕事ぶりがみんなに評価されたんだぞ、っつぶやいちゃいました。
見返りなんていらない、フーシの優しさに「じわじわ」させられた佳作でした。
その献身的な愛情ってどこから湧き出てくるんだろうって思った。 愛す...
途中ちょっと寝た
余裕がなくなったら何度でも観たい
クッションシールドのような愛
愛情とは、全身を包む柔らかいクッションシールドに例えることができる。
近くにいる人間を傷つけることなく守り、 自分自身も守るからだ。
時には、その柔らかさに甘えるために、人が近づいてくることもある。
しかし、クッションシールドのような愛情を持つ者は少ない。
なぜなら、その愛情は、作るのも保持するのも難しいからだ。
我欲が邪魔し、愛情はすぐに冷たい欲望の薄皮になってしまうのだ。
主人公を取り巻く人たちも、 うまく愛情を持てない俗物ばかり。 見た目の冴えない主人公に同情や蔑みを投げかけるが、 実際は、 彼の愛情にもたれかかって甘えているに過ぎない。
主人公のふくよかで立派な体格は、彼の愛情の柔らかさを象徴している。 なんでも作ったり直したりできる器用さは、 彼の愛情を生み出し続ける能力を暗示している
クッションシールドのような愛があれば、温かく生きていけるのだ。
そんな生き方の見本を見せてくれる、良質な一本である。
隠れた名作
繰り返すだけの、先の見えない毎日が頭っから見て取れる日常。
少し陰鬱なこの作品。楽曲や音楽が実にうまく挟まれていて、作品にすごくフィットしているんです。
主人公は気の優しいホビーマニア。自分もそっち側なんで何だか気持ちが良くわかるんですね。
そんな中でも踏み出す彼のその一歩は素晴らしい。
ダンス教室で知り合った彼女のリクエストは「アイランド・インザ・ストリーム」、服装も顔立ちもカントリーな彼女にはピッタリでした。
ダンスに触れ、外の世界を見ようと決めて、恋をして、どんどん新しい世界に歩み出すフーシ。
光が差したと思ったらすぐ陰ってしまう、ひたすらこれの繰り返し。
それでどうしても彼から目が離せないんですね。
そうして楽しみにしていた旅行は、ため息と共に終わる少し寂しい物語。それでもネガティブな部分だけでなく、楔のように深く心に刺さる作品でもありました。
隠れた名作です。
誰も成長しない話
《お知らせ》
「星のナターシャ」です。
うっかり、自分のアカウントにログインできない状態にしていまいました。(バカ)
前のアカウントの削除や取り消しもできないので、
これからは「星のナターシャnova」として
以前の投稿をポチポチ転記しますのでよろしくお願いいたします。
==============
ポスターを観た時はコメディー映画なのかな〜と思ったのだけど
ああ、何と悲しい映画だろうか〜。
途中まではとても良かった!
始めて女性と接する童貞男のためらいや淡い期待が
画面の中に溢れてて、ワクワクし、思わずフーシ、頑張れ!
と呟きそうになった。
大男で、見た目は全く冴えないけど
大事にしている戦争ゴッコのおもちゃが
丁寧にパッキングしてある様子や
同僚の車のエンジン音だけで調子を聞き分けるなど
本当はとてもとても繊細な男である事が解る。
料理だって出来るし大工仕事も起用にこなす。
なんでも出来る男なのに
優しくする事しか出来ない彼は最後まで優しさしか見せない。
自分の立場が悪くなっても言い訳も出来ない〜〜
そのせいで、犯罪者扱いされてしまう。
優しさ故にストーカーまがいの事をやらかす辺りから
ヤバイんじゃね?と言う空気が漂う。
優しい事は大事なのだけどもう一歩進んで、
時には強くなって何かを動かせなければ、優しさの意味が無い。
正に「強くなければ生きて行けない。
優しくなければ生きてう資格がない。」
レイモンド・チャンドラーの名言の通り。
ヒロインが途中から完全に思考停止してしまい
全く魅力が無くなって、単なるぶち切れ女に成り下がる。
そこも、入り込めない所なんだけど
この映画の様な「男は黙って〜〜」みたいな終り方が
カッコ良いと思ってる事自体が男性目線の映画なんだよな〜〜
女にとっては、「優しいだけの男」では、ダメなんだよ…
アイスランド映画って初めて見たと思う
あまりにもレビューの評判が良いので安心して視聴。
なるほど、こういうのは「好きだわー」って自信持って言える類のものだ。
高緯度の国アイスランド。
イギリスの更に北の方にぽつんと浮かぶ島。
(デンマークと交流があるんだなあ、合作という事は。
調べたら、しばらくデンマークの統治下にあったと判明)
当初、聞いた事もない言語で、いったいここは何処だろうと思いながら、寒そうな町を眺めた。
淡々とした映像に、突然挟まる母親とボーイフレンドの性行為。
成長出来ない高校男子以上に成長してない四十男。
ジオラマ作って戦争ごっこしてる。
振り回す方の彼女はもう詐欺罪レベルのメンヘラぶり。
主人公フーシに思い入れを持てば、かなり許せないんだけれど
フーシの友人は、何も言わずに彼を手伝う。
散らかった彼女の部屋を片付け食事を作り、彼女の代わりに仕事して、(挙句に仲間も出来る。)
悪気がなければ
そして、病んでいるのだから
許せる? いやいや
ゴミ女呼ばわりする母の気持ちは少しわかる、のに
初めての彼の恋を、喜ばしいと思う友人の気持ちがあたたかい。
主人公のインタビューで
当初、エジプトには行く予定だったが予算の都合でここで終わったとあった。
監督側の話だと、そこはいらない となったと。
この物語は完全なあてがき で、彼が受けないなら作らなかった映画だったとあった。
映画の手法としては、説明的な部分は全て省き
完結にストーリーが進む心地よさがある。
確かにエジプト行きがなく アイスランド国内で完結している良さはある。
誰もが言う 日本国内向けのポスターは間違っていると思う。この映画の解釈をしてなお このポスターにしたのなら
日本の映画ファンをわかっていない。侮り過ぎです。
もちろん題名も。
もうちょっと何とかならなかったのか?
メンヘラ
アイスランド映画いいな
全53件中、1~20件目を表示












