劇場公開日 2017年4月1日

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はじまりへの旅 : 映画評論・批評

2017年3月21日更新

2017年4月1日より新宿ピカデリーほかにてロードショー

繊細でエキセントリックな魅力を放つ、ヴィゴ・モーテンセン版「リトル・ミス・サンシャイン」

リトル・ミス・サンシャイン」に代表される、“サンダンス映画祭系”と言えるような、作りはとてもエンターテインメントながらアメリカのインディ・スピリットを持った作品群。その系譜に、本作も間違いなく加えられる。ノーム・チョムスキーの思想に傾倒するマット・ロス監督が、アメリカの山奥で自給自足の暮らしをする6人の子供たちと父親ベンの風変わりな一家を描く。植物を育て、動物は狩猟して自らさばく。子供たちは学校に行くかわりにベンの厳格な指導のもと本から学び、6カ国語をマスターし、ロッククライミングやマーシャルアーツで肉体を鍛えている。もちろん、コンピューターもなければスマートフォンもない。だが、長らく入院していたベンの妻が亡くなったことでそんな生活は転機を迎える。葬儀に出席したいという子供たちの願いによって“山を降りた”一家に、現実という厳しい異世界が待ち受けている。

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前半の桃源郷での生活を観ながら、我々は早くもこの生活が長続きしない予感を察知するだろう。現代が舞台である以上、桃源郷生活だけに終始するのはあり得ない。案の定、後半にはベンの理想が無惨に打ち砕かれて行く。だが本作の魅力はそうした思想的な問題意識を含みながらも、むしろ逆境にぶつかったときの家族のあり方、父と子の絆というテーマにある。自分の信念が子供のためにならないと悟ったとき、親はどうするか、これまで100パーセント正しいと思っていた父親の教えが世界に通用しないと知ったときの、子供たちのショックと混乱。そんな感情の急転直下を、ロス監督はコメディとドラマの絶妙なバランスのなかで浮き彫りにする。その要となるのが、本作の演技でアカデミー賞にノミネートされた父親役のヴィゴ・モーテンセンだ。子供たちがコーラを飲むのを禁止し、時流に逆らい、物質主義に抵抗する、知的で厳格ながら愛情豊かで繊細でもある、ちょっとエキセントリックな父親。こういう父性を滲ませる彼の魅力と存在感は群を抜いている。

母親の死を彼ら流に弔いながら、家族でガンズ・アンド・ローゼズの「Sweet Child O’Mine」(♫僕らはどこに行くのか)を歌う清々しいシーンは、この映画の魅力が頂点に達するクライマックスだ。さまざまな映画祭で観客賞を受賞したのも頷ける、心がポッと照らされる快作。

佐藤久理子

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