「歌と話は伝承を継ぐ」ソング・オブ・ザ・シー 海のうた JIさんの映画レビュー(感想・評価)
歌と話は伝承を継ぐ
ベンの家の壁の壁画のようなイメージや、母から習う歌によってこの物語が文化の継承にテーマを置いていること、そして伝統の尊重が、時間と空間、世界のすべてとの豊かで健康的な関係を叶えるのだというメッセージが窺える。伝承はただの迷信ではなく、現実をより豊かに生きるための叡智なのだ。伝承と現実の密接さは、ベンの父とマクリス巨人、巨人の犬とペットのクー、祖母とマカのように、妖精と人間が相似形で対をなしていることからも、明白である。
そのテーマを詰めた、ベンの母の最後の言葉
「息子よ、忘れないで、あなたの歌や話の中にわたしはいるわ」
は印象的かつ感動的だった。
近代を経て大幅に神道文化を失った日本人の心にも、海を超えて響くだろう、美しい物語だ。
「北欧」が日本人にウケるわけも、なんとなくのぞき見える気がする。
壁画のイメージに合わせてか、ムーブメントや感情の変化が記号的ではっきりしているため、分かりやすく、万人向け。だが歌の歌詞の意味などを考えると決して深みがないわけでもなく、じっくり味わうこともできる。
絵とアニメーションは抽象度が強い。この手の抽象化、整理された表現は、記号的で冷たくなりがちと思う人も多いかもしれない。だが、グラフィカルなデフォルメとレイアウト、ブルーやオレンジの一貫したドミナントトーンがカッコ良くて見飽きないと共に、複雑な装飾的ディテールも豊かで、チープさ、単調さは全くない。手描き感を残したアニメが好きな日本人にも抵抗なく受け入れられるだろう。光の効果も良い。キャラはデフォルメされているにも関わらず、丁寧な人間味ある動きや表情で、温かみがある。大きい目がクリクリ動くなど、愛らしい。
さらに、神話を元にしたキャラクターたちが面白い。特に超長髪・髭のシャナキー(語り部の精霊)は個人的に好きだ。毛に記憶が詰まっているだなんて面白いし、毛に満たされた洞窟なんて見たことがなかった。グワングワン動く魔女のマカも迫力があり、盛り上がる。
メジャーな感想かもしれないが、要は、とてもキレイで整っていて有意義なメッセージのある、良質なアニメーションだ。
アニメ好きには、同じくセルキーのお話『Among The Black Waves』も合わせて観ることを勧めたい。表現がかなり異なるので、より豊かに作品を味わえると思う。