「ワールズエンド・スーパーノヴァ。 隙を生じぬ二段構えな構成は見事だが、ここまで大衆ウケを狙わないといけないのか?」ルーム たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
ワールズエンド・スーパーノヴァ。 隙を生じぬ二段構えな構成は見事だが、ここまで大衆ウケを狙わないといけないのか?
7年もの間”部屋”に監禁されている女性ジョイと、”部屋”を出たことのない彼女の息子ジャックが、外の”世界”へと抜け出す様を描いたサスペンス・スリラー&ヒューマン・ドラマ。
監禁される女性ママ/ジョイ・ニューサムを演じるのは『21ジャンプストリート』『ショート・ターム』の、名優ブリー・ラーソン。本作でオスカーを受賞。
5歳になるジョイの息子、ジャック・ニューサムを演じるのは子役として活躍していたジェイコブ・トレンブレイ。
👑受賞歴👑
第88回 アカデミー賞…主演女優賞!
第73回 ゴールデングローブ賞…主演女優賞(ドラマ部門)!
第69回 英国アカデミー賞…主演女優賞!
第40回 トロント国際映画祭…ピープルズ・チョイス・アウォード!
第31回 インディペンデント・スピリット賞…新人脚本賞!
第21回 放送映画批評家協会賞…主演女優賞!
今や世界トップクラスの女優として知られるブリー・ラーソン。そんな彼女のターニングポイントは間違いなくこの作品だろう。本作での鬼気迫る演技は賞賛を集め、アカデミー賞を始めとする数々の栄誉をその手に収める事となった。
また、それと同時に注目を集めたのはジェイコブ・トレンブレイの名演技である。本作でその天才子役っぷりを世間に知らしめた彼は、この2年後に公開された『ワンダー 君は太陽』(2017)でまたしても信じられないほどの好演を披露。その演技力が本物である事を証明してみせた。
ラーソンとトレンブレイ。本作は2人の名優を輩出したというだけでも、大変意義のある映画である。
原作は作家エマ・ドナヒューによる小説「部屋」(2010)。これは2008年に発覚したオーストリアの誘拐/強姦/児童虐待事件「フリッツル事件」をモデルに描かれた作品である。この事件、死ぬほど胸糞が悪いので調べる時はそれ相応の覚悟を持って挑む事をお勧めします。元ネタはエグすぎて映画化不可能レベル🌀
なお、本作の脚本を手掛けているのは原作者であるドナヒュー自身。『フルメタル・ジャケット』(1987)や『ジュラシック・パーク』(1993)と同じパターンですね。
6畳間よりも少し広い程度のみすぼらしい”部屋”に監禁された女性と、5歳になる息子。外界との繋がりは、1週間に1度だけやってくる男”オールド・ニック”のみ。この狂気的な支配欲に塗れた危険な男の魔の手から、2人は果たして逃げ出す事が出来るのか!?…という、シチュエーション・スリラーのお手本のような映画である。
脱出のお手本にするのは 、アレクサンドル・デュマの書いた古典中の古典「巌窟王」(1844-1846)。息子が死んだと偽り、その身柄を外に運び出させる事により救助を求めるという大ギャンブル。
バレれば息子の命も自分の命もないだろう。そもそも、息子が無事に逃げ果せたとして、5歳の子供がキチンと状況を把握し、他者に助けを求める事が出来るのか?この2重のサスペンスが観るものに緊張を与えます。
母親の策略通り、外の”世界”へと運び出せるジャック。初めて見る”世界”のスケールに圧倒される彼の目に茫漠とした光が注ぎ込み、前後不覚になってしまう。しかし、それでも勇気を振り絞り男のトラックから飛び降りる。それに気がつき追いかける男。その異様な光景を目にした通行人は虐待か?誘拐か?と訝しむ。息子を置き逃げ出す男。警察に保護されるジャック。しかし、母親以外と会話した事がない彼の言葉は要領を得ない。早く母親の居場所を突き止めないと、男が彼女に何をするのかわからないのに!
もうダメか…と思われた矢先、ジャックの発言にヒントを得た警官がついに母親の居場所を突き止めた!寂れた納屋の扉が開け放たれ、とうとう彼女は7年ぶりに日の下へと出てくる事が出来た。そしてジャックとの再会と抱擁。これにてハッピーエンド!完!!
…かと思いきや、ここまでで1時間。えっ!?まだ1時間も尺が残っているんですけど!!??
原作小説は未読なのだが、どうやらこの本は上巻(インサイド)と下巻(アウトサイド)に分かれているようだ。
つまり、上巻では”部屋”を、下巻ではそこから脱出した後の”世界”を舞台にしたドラマが展開されるのである。
映画化するにあたり、例えば前半の”部屋”からの脱出パートに物語を絞るという手もあっただろうし、逆に前半部分をバッサリと捨て、監禁状態にあった母子が”世界”に適応していく様を丹念に描くという手もあっただろう。しかし、そこは原作者自身が脚本を執筆していることもあり、忠実に原作を再現するという手法を取っている。
本作は前半と後半とで全く違うジャンルになっている。ある意味では歪な構造だと言えるのだが、この映画においては地獄から抜け出してハッピーエンドというのはあまりにも都合が良すぎる。
外界から長らく遮断されていた人間にとって、様変わりしてしまった”世界”に適応していくのは想像を絶する苦労と苦痛を伴う事だろう。そこまでキチンと描いているこの誠実な作りには好感が持てる。
濃厚なサイコ・スリラーが展開される前半と、濃密なヒューマン・ドラマが展開される後半。どちらのジャンルのファンをも満足させる隙を生じぬ二段構えである。
ただ、それを描き切るには2時間では尺が足りていないと感じてしまったのが正直なところである。どちらの描写も言っちゃ悪いけど中途半端。特に後半パートは、もっとジャックが”世界”に順応していく様を丁寧に描いていくべきだと思う。いつの間にか友達が出来てたりしていたが、いやそこって結構重要なポイントじゃない?
題材の深刻さに対して踏み込み不足な感もある。
せっかく暗く狭い”部屋”から抜け出したのに、周囲を取り巻くマスコミや衆人が物理的に、そして埋めようのない喪失と心の傷が精神的に、ジョイとジャックを”部屋”へ閉じ込めてしまう。
ここの描かれ方が弱く、ジョイが自殺未遂をするほど追い詰められてしまう、その苦しさが伝わってこない。これは本作がジャックの目線に寄り添って描かれており、彼が目にしていない事、または理解の出来ない事は意図的に映し出されていない為なのだが、7年にも渡る監禁生活で苦しんでいるのはジョイの方なわけで、個人的にはジャックよりもジョイの心理心情が気になる。子供を主人公にすればそりゃキャッチーにもなろうが、本当のドラマは母親の方にあるじゃないの?
誘拐、監禁、レイプ、児童虐待と、この世の地獄みたいなものに題を取っている割に、なんか甘ったるい。地獄絵図を見せて欲しいとは言わないし、そんなもんは見たくもない訳だが、大衆ウケを考えて日和った感じがして、どうもモヤモヤしてしまうのです。
”部屋”が全てだと思っていた少年が、その外に広がる”世界”を知り勇気を出して飛び出す。そして、その”世界”の外側にはさらに大きな”世界”があり、その外側にはもっと大きな…。一つの”世界”の終わりが次なる大きな”世界”の始まりだというのはジュブナイルものの定番。そりゃそうなんだけど、それを婦女監禁ものでやらなくてもいいんじゃない?
公開年が近く、同じ婦女監禁ものだという事でいえば、監禁犯から逃れたと思ったら外側の世界はもっとヤベー事になっていたという『10 クローバーフィールド・レーン』(2016)の方がパンチも効いてるし断然面白い。でも何故か評価が低いんだよなこの映画…。好きなんだけどなぁ…。