「監督の魔術に酔う」グランドフィナーレ odeonzaさんの映画レビュー(感想・評価)
監督の魔術に酔う
やすらぎの郷でもあるまいに正直、老人の戯言は退屈で興味もない。ところが本作の卓越したところは虚実の心理描写、映像だけで語ることもあればセリフの伏線回収で見せる心の変節、例示の上手さだろう、子供の頃の記憶の話・・、
ミック「初めて自転車に乗れた時の感動しか覚えていない」
フレッド「転んだろう」
ミック「どうしてわかる?」
フレッド「僕もそうだった、夢中でブレーキを忘れる」。
ところがミックが医者に語った話では自転車ではなく好きな女の子と初めて手を繋いだことらしい。
シーンを挙げれば切りがないが主たる虚実、女王陛下からの演奏の依頼の話、断る言い訳にも裏がある。そして裏の理由も色褪せた現実を見せられたことで心変わりか、指揮台に向かうエピローグ。
著名、無名にかかわらず誰しもが家族にも友にも言えない過去の一つや二つはあるだろう。一人の時間が増える老後はいやでも自分と向き合わされる、完璧な人間などいないのだから、してしまったことばかりか、しなかったことにまで思いを馳せる。
人物観察を続けていた若手俳優が所詮人生は欲望の産物だと喝破するが観察せずともわかるだろう。生物的な次元から承認欲求や自己実現まで様々な心の綾が個性を形づくる。
個人的には指揮者のありふれた心の綾より映画監督の方に惹かれた、複数のシナリオライターに競わせるのは黒澤作品でも有名だが実際の雰囲気が味わえたのは嬉しい。大女優をジェーンフォンダが演じていたのには驚きだ、老け込んで誰かわからないがこれも終盤の伏線だろう、劇中の出演辞退の理由もあたりさわりないものから本音の罵り合いに一変、かと思えば後悔の苦悶、女優は飛行機で錯乱、監督は育てた女優達に想いを馳せる、すると女優達が作品の扮装で丘に勢ぞろいする回想シーンは心理描写としては秀逸だ。マラドーナのそっくりさんやミスユニバースが頭も切れてヌーディスト?、自分の強みを堂々と魅せつけるサービス精神の演出にも頭が下がるが、女性全体を表層的に軽く扱っている姿勢は女性が観たら怒るかもしれない。高尚なセリフを語らせたかと思えばすぐに煙に巻くので何が監督の本心か困惑する。本格的オペラは言うに及ばず劇中曲のバリエーションの多彩さも素晴らしい。
心という掴みどころのないものを映画に具現化するパオロ・ソレンティーノ監督の魔術師との評判に納得です。