「目的と手段はいとも簡単に入れ替わる」日本で一番悪い奴ら つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
目的と手段はいとも簡単に入れ替わる
北海道には行ったことがない私でも、NIKKAのデカイ看板を見れば「ススキノだ~」とわかる。夜の街を、グラス片手に見下ろすキング。
その看板から、キャバクラで王様のように振る舞う先輩刑事・村井につながり、そこで主人公の諸星は刑事の「賢いやり方」を教えられる。
「刑事は点数稼いでナンボだ」と。
基本的に真面目なんだと思う。あらゆるところに名刺を配り、「諸星です。何か困ったことがあったら連絡下さい!」と言って回るのは営業としてそんなに間違ってない。
逮捕イコール案件成立と考えれば、通報は資料請求や問い合わせみたいなものだ。自分宛に直接かかってくれば、当然成績は上がる。営業機会が増えるわけだし。
先輩やライバルがしくじれば、当然二番手・三番手が押し上げられて街のキングになる。村井刑事がいなくなったススキノの街を、相も変わらず見下ろすNIKKAの看板からカメラがゆっくりと回ると、そこには真面目な体育会系の青年ではなく、王に君臨した諸星の姿。
日本で一番悪い警察官の、奇妙なサクセスストーリーだ。
映画の元になっている稲葉事件は、ルールを大事にする人から見れば「あり得ない」大事件だ。
だが思えばこの世の中は白と黒とにハッキリ塗り分けられている世界じゃない。濃いグレーと薄いグレーの間を行ったり来たりする、そんな世界だ。
そんな世界を諸星は駆け抜けた。真面目さ故の情熱が、諸星を盲目にさせた。成果主義と言えば聞こえは良いが、点数偏重の評価体制はルール違反をする方が効率が良かった。
「日本で一番悪いやつら」と言われても、それが諸星の世界では常識だったのだ。
そもそもだ。諸星が北海道警に入ったのは、柔道が強かったからだ。全国警察柔道大会で優勝するためだ。
それってすでにルールのグレーゾーンじゃないだろうか?「柔道強いヤツ警察官にすれば話早いじゃん」という考え方の先に、「地道に捜査するよりチャカ買った方が早いじゃん」はあるんじゃないだろうか?「良い企画書書くより、社長の気にいってる製品コンペに上げる方が早いじゃん」と何が違うのだろうか?
濃いグレー(黒とも言う)の世界で生きている人たちと、薄いグレーの世界で生きている人たちが、同じ画面に映った時、双方の考える「セーフ・アウト」の境界のズレが明るみに出て、そこがものすごく面白い。
お互いに超真面目に、真剣に話してるから、とんでもなく面白い。
登場人物一人一人の「セーフ・アウト」をしっかり認識すると、誰もが真面目で律儀にすら感じる。でもズレてるんだよな。
外の世界の人間が、「お前らオカシイよ」と言うのは容易い。でも内側に入った時、「俺たちオカシイよ?」と気づける確信は、私にはない。
だから諸星には人間味を感じるし、ダメな人だけど憎めない。本当にダメだけどね!
普遍的な問題を、過度に批判的にならず、娯楽性を損なわずに届けられる秀逸な一本。自分の世界は濃いグレーに染まっていないか?振り返らずにはいられない。