「哲学、罪と罰、やっぱりウディ・アレン。」教授のおかしな妄想殺人 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
哲学、罪と罰、やっぱりウディ・アレン。
毎年恒例のウディ・アレンの新作映画である。何はともあれ、アレンの創作意欲の若々しさには毎年驚かされる。アレン節こそあれど、決して作品がテンプレート化することなく、きちんと新しいアレン映画が生まれているのが何より頼もしい。今に始まったことではないが、いつからかアレンの映画はすっかり角が取れて、もう余裕綽々で撮っているような安定感が漂っており、どこかの国の神話か寓話かと思わせるような、無駄を削ぎ落した洗練された物語が楽しめる。
今回は、陰鬱とした気持ちで暮らす大学教授が、偶然耳にした裁判の判事に怒りを覚え、動機も関係性もない赤の他人である自分が判事を殺害すれば、世の中がわずかでもよくなり、救われる人がいる、と信じ込み、実際に殺人計画を立て始めたことから、突然生気が漲りポジティブで活動的な人間に変わっていく、という物語だ。そして実際に殺人計画を実行に移し、完全犯罪を成立させたと思いきや・・・と話は動いていく。アレンの映画「マッチ・ポイント」を想起させる話のようでもあるが、「マッチ・ポイント」がシリアスなサスペンス悲劇であったのに対し、こちらはシニカルでありつつもコミカルで喜劇的だ。主人公に訪れる結末も真逆のものになっている。
ウディ・アレン映画としてはやや意外な気もするホアキン・フェニックスが主演を張り中年男の厭世観を演じ、アレンの回りくどいセリフも自分のものにしているが、やはり目を引くのはエマ・ストーンだろう。ウディ・アレンにずいぶん気に入られたのか、この映画ではまったくもって飾らないエマ・ストーンそのままのイメージの役柄でストーンを起用し、光を当てている。ストーンの着るファッションも一際こだわっており、派手さはなくとも、学生らしいお洒落を楽しむ雰囲気が出ていて実にキュートだ。彼女が映るとスクリーンが華やかになる。
物語自体は短くてシンプルで小粒なものになっている。アレンに馴染みのない人にはどうか分からないが、個人的にはこの小粒でスパイスの効いた感じがたまらない。単純に見せかけて、深い解釈をしようと思えばいくらでもできそうな、でもそんな深読みなんかするなよと単純に楽しませてくれるような、そんなアレンの余裕が好きだ。
一年に一度、街に訪れる風変わりな紙芝居屋の小咄を聞きに行くような気持で、来年も私は映画館に足を運ぶだろうと思う。