「幸福の美しさを忘れてはならない」父を探して JIさんの映画レビュー(感想・評価)
幸福の美しさを忘れてはならない
主人公の少年は可愛らしいが、どこか無個性に見える。というか、そう見えるように描かれている、と思う。ニュートラルな少年の視点から、社会の美醜両面が明らかにされていく。いわば、これは戯画化された現実社会像なのである。
その点では、フレデリック・バックのアニメーションを連想した。色彩の鮮やかさや、テクスチャ感も通ずるかもしれないが、テーマやメッセージについても、結構近いように思われる。とはいえ、今作特有の個性は多分に見られ、驚かされた。
色鮮やかなものと黒っぽい無彩色なもの、世界の美の面と醜の面、それ等は割とはっきりと分かれ、強調されているかのように見えるが、実はあまりはっきりしていないようにも見える。
例えば工場労働者の若者の、都市での暮らしは幸福だろうか、不幸だろうか。労働は過酷そうだが、人々が大勢集まる祭りといった、都市ならではの楽しみもある。
大量生産の工程は非人間的でおぞましくも見えるが、人の叡智の偉大さととることもできる。
どんな社会が幸福だろうか、それは明確に示されてはない。だが、はっきりと感じられる監督の意志は、幸福の美しさを忘れてはならないということ、そして現実に進行している悪い事態を軽視してはならないということだと見受けられた。
実写のカットが唐突に挿入されているところは、一番に強烈だった。手書きの画風の中に現れる現実は異質で、グロテスクで暴力的だ。それ等はいうまでもなく、多くの現代人が目先の快楽の為に見ないふりをしている、実際の社会問題、自然環境問題なのだ。
台詞なし、手描き、といった手段は、作者の問題意識をオブラートに包むことで、受け入れられ易くしているのだと思うが、だからこそ、急に現れた直接的な情報はパワフルだった。
こういった問題提起の作品を、なんとなく不愉快に思う方は結構いるだろう。その理由は色々推察できるし、理解できなくもない。しかしだからといって、この作品を批判するのであれば、それは短絡的であまり賢くはないと思う。実際にある問題を、素直に問題と認めることを、この作品は訴えているように感じた。私は都市に暮らす人間だが、だからこそこの作品を軽んじないようにしたい。
冒頭にあざやかなパターン模様の幾何学的なカットがあり、それは小石のなかのミクロの世界であることが明かされる。自然界では、ほんの石ころ一つの中にも無限の美が見いだせる。その視線は、監督の鋭い感性と審美眼の証明になっているだろう。乱暴な物質的成長をなさずとも、何気ない平穏、すぐそばにある自然の中に、美は既に満ち満ちているのだ。