「分からないけど面白い」ロブスター SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
分からないけど面白い
独り身でいることが罪とされ、カップルの愛が失われたり、死別したりした場合、45日以内に新しい相手を見つけなければ、動物にかえられてしまう。
また、主義として「独り身で生きること」を選択したレジスタンスが存在し、そのレジスタンスの中では逆にカップルになることが罪とされる。
何が言いたいのか、何がテーマなのかさえもよく分からないが、奇妙に面白い。
面白い理由はたぶん、非現実的な設定なのに、その中でのリアリティや日常、登場人物たちの切実な悩みや感情が描けているから。
その必死さが笑えたり、笑えてしまえるのが残酷だったりする。
現実世界だって、別にテーマとか決まってないけど、みんなもがいて苦しんで生きてて、その必死さがドラマになり、他人事としてみると面白かったりする。
この世界の人たちはなぜか、「共通する欠落」がないと、真実の愛は得られないと思い込んでいる。
終盤で主人公が失明してしまったヒロインとの愛を取り戻すため、自分の眼をつぶそうと決意するのも、そのため。
また、「共通する欠落」さえあれば、すぐにでもカップルが成立する世界でもある。
奇妙な世界ではあるが、どこか現実の世界にもリンクしている。
例えば、狙った相手の「欠落」を自分も持っていると偽装するために、わざと鼻血を出したり、冷血な心の持ち主を演じたりする。
こんなことは現実にはないような話だが、恋人がいないみじめさに耐えるよりは、あまり好きでもない相手だと分かっていても、妥協して付き合っている人はいくらでもいるだろう。
また、その世界の中での「常識」にしばられ、その常識の中でしか思考できなくなってしまうことは、ありがちなように思う。
一昔前は、「結婚しない男女」というのは社会的に、人間的におかしい、本来の姿ではない、という風潮が非常に強かった。
現実にそういう奇妙な世界に我々は住んでいたのだし、おそらく今の世界も50年後の世界の人が見たら奇妙であることがたくさんあるのだろう。
この映画は、そういった常識や世界観が変わっていく中でも、変わらないものを描こうとしているのかも知れない。
うすうす自分でも欺瞞だと気づいていながら、世間体や生活の安楽のために「あるべき姿」を演じようとするのか、どこかに「真実の何か」「きっと最も価値のあるもの」があると信じて、他の一切を犠牲にするのか。
答えは無いし、誰にも答えは出せない。それは、人間の根本的な不完全さに由来するから。
最後のシーン。男は真実の愛のために眼を突こうとし、女は男がそれを実行するのを待っている。
観客は男に、あるいは女に、感情移入せざるを得ない。「本当に彼女のために失明していいのか? 何のために? 俺は正常な判断をしているのか?」「本当にあの人は自分の眼を突けるのか? 私はそれを信じているのだろうか? そもそもそうまで手に入れなければならない、真実の愛とは何なのか?」
その答えは示されない。示されないので、観客はこの問いを考え続けるしかなくなってしまう。