「料理への愛よりも栄光?」二ツ星の料理人 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
料理への愛よりも栄光?
嫌われ者を主人公にすることでメリットもある。日ごろ人々が理性で押さえつけている本音を代わりに吐き出してくれる快感を表現したり、あるいは聖人君子の物語では共感しにくく退屈だという場合もある。ただ、いずれにしても、当人に魅力がなければだめだ。その点、この映画の主人公には、魅力を感じられるほどのパワーが足りず、ただ傲慢で傍若無人な男としか見えないのが最もつらい。
せめて、彼の料理人としての腕の良さをもっと見せてくれれば違っただろう。料理の手際の良さ、センスの良さ、勘の良さ、舌の良さ、そういったものをきちんと描いていたら、主人公の見え方も違ったと思うのだが、この映画はその辺は、大前提として片づけてしまっており、大凡省いたような状態。だから、ブラッドリー・クーパーが包丁を握って手際よく料理をするシーンというのは実に限られた場面でしか出てこない。あれだけ傲慢な態度を取っても許されるだけの料理人としての腕というものが感じられない以上、彼のとっている行動はただただ偉そうにほかのシェフに指示やダメ出しをしているだけに映ってしまう。
演じているのがブラッドリー・クーパーで良かったと思う。彼はそのシェパードのような愛着を感じさせる顔つきといい、なぜか愛したくなる魅力を持っている人だからだ。これがクーパーでなければ、本当にただの嫌われ者だ。
いっそのこと、シエナ・ミラーを主人公にした物語にでもすればいいのに、とさえ思う。ミラー演じるシングルマザーが、とんでもなく傲慢な男に引き抜かれて転職したはいいものの、傲慢な上司にふりまわされて、それでも愛する我が子を養い自分の夢をかなえるために奮闘する、みたいなコメディ・ドラマだったら、もうちょっと見え方は違った筈。何しろここ数年のシエナ・ミラーの演技の向上たるや目を見張るのだから。「アルフィー」で出現した時は、モデル上がりの美人女優でしかなかったけれど、イギリスの演劇界の素晴らしいところは、どんな俳優も舞台で力をつける土壌が出来ているということ。ミラーもイギリスの舞台で力をつけ、ここのところ映画でもいい存在感を出している。
何しろ、主人公がこだわっているのがミシュランの星で、映画もミシュランの星を獲得することだけに目を向けているから厄介。それを通じて何かが描かれる、とかではない。ただ本当にミシュランの審査員にいい料理を出すことだけを目的にした男の物語でしかなく、思い出したように取ってつけた結末も「え?これで終わり?」と思わず声に出しそうになるようなものだった。料理に対する情熱も食事に対する愛情も感じられない、ただただミシュランの三ツ星という栄光だけに目が眩んだ映画だった。