「笑えて考えされられる映画」お父さんと伊藤さん kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
笑えて考えされられる映画
なんともユニークながら、ハードな展開もある観応えのある映画でした。
お父さんは悪い人ではないけど、イチャモンをつけるようなコミュニケーションを取るので、嫌われて当然でしょう。たらい回しにされるのも宜なるかな。夕暮れに勤めていた学校を眺める姿は憐れみを誘うけれど、あんな生き方してればある意味自業自得だよなぁとも思いました。
一方で、仕事一本で生きてきたであろう定年後のやることのなさや妻と死別など、そう生きざるを得ない悲しさもあるのかなとも感じます。
兄の家族やお父さんの共通点として、常に「将来〜だと安全」「そのために〜すべき」と言ったことだけに目を向けており、今を生きていない印象を受けます。
明らかに監督のタナダユキは、この手の価値観に縛られている人々を徹底的にバカにしている。
監督の価値観にはたいへん共感するので、そんな人たちをコケにするようなブラックなギャクはめちゃくちゃ面白かった。兄嫁のゲロとか、バックのBGMとか最高すぎました。完全に兄嫁disってるよね。
一方でアヤと伊藤さんは今を生きていて清々しい。お父さんに対して、「お父さんが来るまで幸せだった」というセリフがそれを示していると思います。
さらに伊藤さんは常に生活を工夫して心地よくしようとする人なので、お父さんが来てもそれなりにうまく回していく。お父さんの故郷に行ったときも、ちゃっかり温泉行ったりジンギスカン食べたりと、良い意味で図太い。自他の境界をきちんと引く力もあって、魅力があります。
アヤちゃんも周囲に流されずに淡々と生きるコなので、伊藤さんのパートナーになるのは必然という印象です。
ラストの展開は観た直後はちょっとどうかな、と思いました。しかし、伊藤さんは「父親は家族が面倒見るべきだ」という価値観に基づいた判断ではなく、「アヤは父親と一緒に暮らしたいと思っている」と判断したからあのラストなのかなと考え直しました。
父と子で語った一晩と嵐と火事を経験したため、お父さんとアヤの関係性は少し変化したのでは。
火事で生家が燃え、溜めていたスプーンも無くなったことは、一見不幸だけれど、お父さんの象徴的な生まれ変わりを示しているようにも感じます。
また、その直後にお父さんの教え子がやってきて、お父さんは教師としてはかなりイケてる人であることを示唆し、新しい魅力をサラリと見せる小憎らしいタナダユキ演出にニヤリとしました。
ラストの、お父さんのすっきりと安らかな表情。あの父親となら一緒に住むのもさほど大変ではないでしょうし、今まですれ違っていた父子の時間を取り戻せるかもしれませんし。
そんな風に思わせる藤竜也は本当に名優だなぁと思いました。
また、今まで気にしたことはなかった上野樹里の、さっぱりと可愛らしい魅力に気づけたのも収穫でしたね。