劇場公開日 2016年9月17日

「寄り添う、生きる」映画 聲の形 たきさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0寄り添う、生きる

2016年9月17日
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1回目は原作未読で、非常に感銘を受け、2回目を鑑賞しました。
原作は、聴覚障害の硝子をきっかけに、人々のディスコミュニケーションを描きそれを乗り越える物語ですが、
映画版はより主人公の将也にフォーカスをあてており、自己肯定を出来なくなった人々が他者とのコミュニケーションを通じて再び自分を許す物語で、より普遍的なテーマを描いた傑作だと思いました。

ゆずるが、将也に対して、自己満足で硝子と会っているのではないか?といいましたが、これは間違っていない。

自分が自分として立つためには、他者から必要とされること、ある種の承認欲求が必要な訳で、死のうと思った将也が硝子に対して献身的に尽くすのも同情ではなく、他者から必要とされたかったから。昏睡から目覚めた後、すぐに硝子を探したのも、恋とか愛とかではなく、ちゃんと救えたかということを確かめたかった。硝子を救うことで、自分もまた救われたかった。
一方硝子は、そもそも他者から救われることしかないことに、遠慮と負い目を感じ続けてきた女の子だ。彼女は自分が他人に対して与えることは無いと感じ続けてきたから、異常に優しく、自己主張せず、全てを赦して生きてきた。ずっと他者から守られてきた人生だった。でもその中で、将也に生きるのを手伝って欲しいと、他者から初めて救いを求められた。それで、生きることがまた出来るようになった。

劇中、ゆずるが硝子に会うのは自己満足なんじゃないか?というシーンがある。でも実はそれはそれで良いんじゃないか。他者のために行動し、他者に必要とされ、それに喜びを感じる。そのことを、実は相手もまた思っている。
そんな単純な世界を認識し、ただひとりで泣きながら周りを見て泣く将也を見て、私もまた泣いた。

たき