劇場公開日 2017年4月15日

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人生タクシー : 映画評論・批評

2017年4月4日更新

2017年4月15日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー

軽やかなユーモアの底には、理不尽な世界に向けた監督の怒りがうねっている

テヘランの街を往くタクシーの後部座席にどっかりと身を沈めたふたりの老婆は、金魚鉢を大事に抱え要領を得ない指示をたたみかける。が、車は遅々として進まず、急き立てる老婆の声が狭い車中にかしましく響く。と、急ブレーキ。あらあら金魚が床にとパニックのふたりをしり目に泰然自若、静かな笑みを絶やさないドライバー、それが映画監督ジャファル・パナヒその人と気づいている観客はこのどたばたな展開にあっけにとられて巻きこまれつつ、そういえば――と、彼の長編デビュー作「白い風船」の、金魚が欲しくて必死な女の子のことを懐かしみたくなるかもしれない。

1995年、カンヌで新人賞を受賞した快作はパナヒのために師匠キアロスタミが書いた脚本を得て、イラン児童映画お得意の虚実の狭間に投げ込まれた子供が射抜く真実を鮮やかに浮上させていた。2010年、反体制的活動を理由に“監督禁止令”を受けたパナヒがそれでも撮れると差し出した3本目の新作「人生タクシー」。それが昨年惜しくも逝ったキアロスタミの「桜桃の味」「10話」とも通じる“車中の映画”となっているのはやはり感慨深い。

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ただし制限された時空で編まれるカメラと人との位置のドラマ、その緊密なスリルで圧倒するキアロスタミに比べると、ダッシュボードに取りつけた監視カメラという設定で複数の視線を盛り込むパナヒの映画はよりゆるく開かれている。スタイルよりは乗客たちとのやり取りにこめた言いたいことの方を優先し、タクシーの時空を現実世界の縮図とする。そこでは海賊版でしか外国映画にふれられない環境や安易な極刑が蔓延る社会のことが軽やかなユーモアに包まれ見つめられる。軽やかさの底にはしかし理不尽な世界に向けた監督の怒りがうねっている。

とりわけ“国内で上映可能な”短編映画を宿題として撮ろうとしている少女の挿話は面白い。彼女は花婿の落とした札を隠匿する少年に猛然と抗議する。汚い現実を掬うリアリズムはだめといわれたから――。まっすぐな少女の心が映画に清新な風を呼び込むけれど、そのまっすぐさが現実に目隠しする官制の誤ったルールのために研がれている皮肉。洗いざらしの麻布の手触りにも似た清潔さを少女が体現する程に皮肉の苦さが効いてくる。

川口敦子

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