「誰もがとっくに境界線を越えていた」ボーダーライン(2015) 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
誰もがとっくに境界線を越えていた
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の放つ球は、時にストレートの豪速球だ。
「灼熱の魂」「複製された男」など複雑な球を投げる一方、「プリズナーズ」ではあらすじはシンプルながらテーマは深みを持たせ、本作もその後者。
幾度となく描かれている“麻薬戦争”。
「トラフィック」では3つのエピソードを巧みに交錯させていたが、本作ではFBI女性捜査官からの視点に焦点を絞り、その実態を浮き彫りにする。
アメリカとメキシコの国境地帯の麻薬カルテルと戦うチームにスカウトされたFBI女性捜査官のケイト。
彼女が最前線で見たものは…
まず冒頭、壁に埋め込まれた“もの”に戦慄。
いきなりここで、平和に暮らしている我々の常識がいとも簡単に覆させられる。
ケイトの最前線での初任務は、カルテル幹部の移送。
渋滞の道路で銃撃戦になるが、チームは何の躊躇もなく応戦。
民間の命より、任務優先。
最前線の街、フアレスの治安は最悪。
毎日街のあちこちで犯罪が起こり、カルテルの見せしめのように無惨な死体が放置されたまま。
地元警察のほとんどがカルテルに買収。
さらに、チームも信用出来ない。
カルテル撲滅が目的とは言え、作戦の概要を教えて貰えず邪魔者扱い、作戦も違法スレスレのものばかり。捕らえたカルテルの一員に情報を聞き出す為なら拷問は当たり前。
利用出来るものは何でも利用。ケイトがスカウトされた理由も…。
本作に於けるケイトの存在は、“法”と“倫理”の象徴。あらゆる場面で、チームの異常性に疑を呈す。
が、ほんの一瞬気を緩めた為に、彼女を襲った事件。
法も常識も通用しない世界で、倫理観が揺さぶられていく…。
エミリー・ブラントの熱演は素晴らしいが、やはり圧倒的に存在感を放つのは、ベニチオ・デル・トロ。
チームに参加する謎のコロンビア人で、ラストの展開など彼が主役のようなもの。
また、“善と悪の境界線”である本作を最も表した人物とも言える。
ケイトを襲った事件の後、ケイトを気遣う一面。
そしてカルテル撲滅に尋常じゃない執念を燃やすその理由…。
緊張感を一切途切れさせないヴィルヌーヴ監督の骨太演出は本物。
臨場感溢れるカメラワーク、暗視ゴーグル、未明の空をバックにした人物のシルエット…ロジャー・ディーキンスによる流麗な映像はいつもながら素晴らしく、本当にこの名カメラマンにオスカーを!
ヨハン・ヨハンソンによる不穏を煽るスコアも秀逸。
「ゼロ・ダーク・サーティ」のマヤのように、ケイトがもっとのめり込み、壊れていく様を見たかったが、ちょっと違った。
が、あの“撃てなかった”ラスト。
法と倫理の象徴であったケイトも、もうとっくに境界線を越えていたのかもしれない…。