「※作品の内容および結末、物語の核心に触れる記述が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください。」3月のライオン 前編 Natsukiさんの映画レビュー(感想・評価)
※作品の内容および結末、物語の核心に触れる記述が含まれています。未鑑賞の方はご注意ください。
「気が遠くなりそうな日々を、ただ指して、指して、指して、指し続けて、そうして、今、僕はここにいる。」
将棋は人生そのものである。
どの強い駒を持っているかが最重要ではなく、手持ちの中のどの駒をどう進めるかの方が重要なのだ。
5つの永世称号を保持していた将棋棋士の大山康晴による「長所は即欠点に繋がる」や「平凡は妙手に勝る」という言葉がある。
まさに人生そのもので、自分がどんなに素晴らしい容姿や力や知識や財産を持っていても、その事に甘んじてばかりいたら一瞬で足元をすくわれる事もある。
逆に、相手がどんなに無敵の武器や技を持っていても、その事で相手に油断や隙が生まれ、いとも簡単に形勢を逆転できる事もある。
どれだけ強い駒を持っているかが重要ではなく、自分の手持ちの中でどの駒をどう進めるかを考えることの方が重要なのだ。
場の空気を読み、相手の心理を想像し、自分の出せる手の中から最良の選択をし、それを自ら決断するという様に、将棋は相手の出方を予測しながら現時点での最良の決断をするという決断力と、その選択肢を広げる為の新しい発想や柔軟な視点の変化、失敗を恐れない実行力などが求められる。
また、「諦めてはいけない」と言うのは簡単だが、必ずしも諦めないことが良いわけではない。時には潔く諦めることも必要だ。と羽生善治は語っている。
将棋も人生も、何を選択し、どう進むかは、人の心理=「心」の強さが大きく関わっている。
「落ち着け、桐山。まずは深呼吸しろ。広く見渡して、最善の道を探せ。」
人は「心」の成長が子供の頃で止まったまま大人になる事がある。
いろいろな理由で親からの愛情を受けずに(感じられずに)育ったり、子供の成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成人しても極度に他人に愛情を求めたり、逆に愛情表現が苦手だったり、情緒不安定だったり、弱者に攻撃的だったり、言動が幼稚だったり、この様に大人へ成長してもなお「精神的悪影響」が残っている人を「アダルトチルドレン」とよぶ。
日常的な愛情表現の文化があまり無く、笑顔やユーモア精神に乏しい日本人。
そういう傾向にある親たちから育てられた我々日本人に「アダルトチルドレン」はとても多く、現在では社会問題にもなっていて、当然の様に本作にも何人か登場する。
兄弟がいる家庭では、下の子に親の愛情が注がれがちで、上の子ほど「愛情不足」を感じる傾向にもある。
いま「自己肯定感」を持てずに成長し、心が弱いままの大人が日本には年々増えていて、世界の幸福度調査で「先進国の中で最下位」という結果も出ている。
現代日本の社会問題である学力低下、自主性の無さ、我慢弱さ、いじめ、非行、ニート、無気力、犯罪、自殺・・・の原因と言われている。
「ずいぶん偉そうに言うじゃない。私から逃げたくせに。今度はこの人たちなんだ。得意だもんね。不幸ぶって人んちに踏み込んで、家族をめちゃくちゃに壊すのが!てか、お前ムカつくんだよ。負け犬でも見るような目しやがって!」
神木隆之介が演じる「桐山零」は、幼い頃に家族全員を失い、親からの「無償の愛」を受けることも無く、親に甘えさせてもらうことも無く、学校の進路や就職などの未来や夢を抱くことも出来ず、ただただ将棋だけの為に生きてきた。
有村架純が演じる「幸田香子」は、慕っていた父からの愛情がある日、自分に向いてない事を悟り、必死にもがき苦しんで努力しながらもなかなか上手くいかず、結局は父に人生を否定されたと感じ、深く傷つきながら生きてきた。
二人とも「自己肯定感」をほとんど持てないまま育ち、今、大人になろうとしている。
人は「自己肯定感」という心の土台、心の基礎がなければ「心」を大きく成長させることが出来ない。
幼少期の間に心に貯めておかなければいけない「自己肯定感」は、親からの「無償の愛」によって心に蓄積されていく。
人は、一人で、自ら「自己肯定感」を持つことは非常に困難なのである。
特に大人になってしまうとさらに困難になる。
「なに、おまえ、神?これはいい、これはダメ、全部お前が決めんのか?」
実写版『るろうに剣心』シリーズの監督で本作の監督も務めた大友啓史監督は『零の将棋人生は、育ての父である幸田に「将棋が好きか?」と尋ねられて「はい」と嘘をつくところから始まり「自分にとって将棋とは何なのか」という複雑な愛憎がずっとあり続ける。迷い悩み続けた先に何があるのか。零が何かを知る瞬間を見守ってほしい』と語っている。
そして『母親に「あなたはプロなんだから泣きごと言っちゃダメ」と怒られたこともあり、幼少の頃から俳優として映画やドラマの現場で大人に囲まれて架空の人物を生きてきた神木隆之介のことを「フィクションの申し子」だと感じている。零の「10代でプロ」の感覚はきっと普通の人は共有できない。でも神木隆之介ならできる。僕らが思いつかない、思い至らない様な所で、彼だから発見できる感情や表現がある』という監督の強い思いで神木隆之介はキャスティングされた。
原作者の羽海野チカは『3月のライオンは「将棋」をテーマにした作品ではなく「将棋を職業とした一人の男の子の人生」を描いています。私の人生も「漫画」がテーマでは無く「漫画を職業とした自分の人生」を生きています。「仕事=自分の人生」ではなく、それらは「両輪」のようなものだと思っています』とコメントしている。
「桐山は俺の恩人なんです。俺より強いやつがいる、俺より努力している人間がいる・・・。俺は独りぼっちじゃないんだって。」
1対1で81マスの盤と40枚の駒を使用する将棋。
その限られた制約の中で、どんなに強い駒を持っているかが重要ではなく、自分がどの駒をどう進めるかという知恵と発想が求められる。
自分がどんなに素晴らしい容姿や力や知識や財産を持っていても、その事に甘んじてばかりいたら一瞬で足元をすくわれる事もある。
逆に、相手がどんなに無敵の武器や技を持っていても、その事で相手に油断や隙が生まれ、いとも簡単に形勢を逆転できる事もある。
どんなに強い駒を持っているかが重要ではなく、自分が手持ちの中でどの駒をどう進めるかを考えることの方が重要なのだ。
将棋は人生そのものである。
何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれない所で、同じ情熱、気力、モチベーションを持って継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。/羽生善治
「死地に一瞬垣間見えていた、閃光のような活路。その、たった一手で、世界はまるで違う姿を現す。そうだ・・・答えは、決して誰かの横顔に問うてはならない・・・。嵐の中で自らに問うしかないのだ。」