劇場公開日 2016年2月13日

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火の山のマリア : 映画評論・批評

2016年2月9日更新

2016年2月13日より岩波ホールほかにてロードショー

遠くグアテマラの高地で生きる母娘の姿が、根源的な命題をはらんで間近に迫る

グアテマラ映画としては日本初上映となる「火の山のマリア」。本編と資料から、活火山を含むグアテマラ高地に先住民のマヤ族が風習を守って暮らしていること、その多くが公用語のスペイン語を話さずメスティーソ(先住民と欧州系の混血)との格差があること、長引いた紛争のせいで治安が悪化し人種差別や幼児誘拐といった問題が今なお残ることなどを知った。ともすれば日本とかけ離れた異国の話ととらえられそうだが、意外なほど身近な出来事のように感じられ、胸をえぐられるような痛みさえ覚えるのはなぜだろう。

火山のふもとの借地で農業を営む両親と暮らす、17歳のマヤ族のマリア。両親は生活が苦しいことから、地主でコーヒー農園の主任を務めるイグナシオにマリアを嫁がせようとする。一方マリアは、アメリカ行きを夢見る青年ペペに惹かれ、連れて行ってほしい一心で身を任せるが、ペペは単身旅立ってしまう。やがて、マリアの妊娠が発覚する。

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これが長編デビュー作となるハイロ・ブスタマンテ監督は、実際の事件に着想を得て、マヤの女性たちとのワークショップで脚本をブラッシュアップ。母フアナ役にはアマチュア劇団で演じていたマリア・テロンを起用したが、マリア役には演技初体験のマリア・メルセデス・コロイを抜擢し、丁寧に演出していった。

メルセデス・コロイは、真面目な性格ながら運命に立ち向かう激情を秘めた少女を、強い眼差しと抑えた演技でリアルに体現。テロンは、常に娘の幸せを願い、時に厳しく接しながらも、大地のような愛でマリアを守る母を説得力十分に演じきった。

無理に種付けされる豚、災いをもたらす毒蛇、マグマをはらむ火山など、ちりばめられた印象的なメタファーが、宗教の儀式とともに不穏な気配を醸していく。過酷な体験をする母娘だが、2人の絆は観る者の胸を熱くする。ブスタマンテ監督はドキュメンタリータッチでマヤの人々の営みを活写しつつ、かの国にとどまらない問題を突きつけ、人の業(ごう)を描いてみせた。火山のふもと、黒い岩肌の荒れ地にたたずむ母と娘の姿は、畏敬の念とともに胸に刻まれるはずだ。

高森郁哉

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