後妻業の女 : インタビュー
大竹しのぶ&豊川悦司があぶり出した、洗練された“大人の寓話”
キョーレツな個性がぶつかり合う、なんとも魅力的なコンビが誕生した。「後妻業の女」の大竹しのぶと豊川悦司だ。資産家の高齢男性を色香で骨抜きにして金品を狙う後妻業の女・小夜子と、裏で糸を引く結婚相談所の所長・柏木。共に久しぶりとなるテレビドラマの巨匠・鶴橋康夫監督の下で危うい“共犯関係”を築き、人間の欲望の裏に潜む深い業を浮き彫りにするシニカルな喜劇を生み出した。(取材・文/鈴木元、写真/根田拓也)
大竹は実に16年ぶり、豊川も初の映画監督作「愛の流刑地」以来9年ぶりの鶴橋組。その間にも当然、オファーは受けていたがスケジュールの都合などで実現に至らなかったという。
大竹「そうすると、すごく恨まれるんだよね」
2人「なんで断ったんだあって(笑)」
大竹「それは無理だよと言っても、俺とはもう仕事をしないのか、みたいな」
豊川「俺のこと嫌っているのか、とか」
しかし、この「後妻業の女」での邂逅(かいこう)は僥倖(ぎょうこう)だったといえる。鶴橋監督は刊行されてすぐに原作となる黒川博行氏の小説「後妻業」を一読し、映画化を熱望。その時点で小夜子と柏木には2人を思い描いていたそうだが、これには大竹が異論を挟む。
「原作は70歳近いおばあちゃんだし、なんでだろうと思いました。16年ぶりの映画がこれなの? 失礼な。なんで『愛の流刑地』じゃなかったんだろうって(笑)」
もちろん冗談だろうが、それだけ鶴橋監督に対する信頼がうかがい知れる。小説が発売された3カ月後に、京都で似たような連続不審死事件が起こり話題となったが、鶴橋監督は脚色の際、ハードボイルド調の小説にコメディ要素をふんだんに盛り込んだことで、大竹も得心がいったようだ。
「人間の悪、欲というものの世界にちょっと笑いを入れて突っ走るというのが面白いと思いました。悪であってもちょっとコメディだったり、おしゃれだったりという独特な世界観で描くのが鶴橋さんなので楽しみでしたね。普通、病院に殺しに行くのに、歌いながら入らないし、あっ、間違えたって隣の(ベッドの)カーテンを開けないですよね」
そう、2人の行為は明らかに犯罪である。小夜子は結婚した相手に公正証書を書かせておき、貞淑な妻を装いながらいざ夫が他界すると「遺産はすべて私が相続します」と言ってのけるしたたかさ。共感は得にくいはずだが、どこか憎めないキャラクターだ。
大竹「何が起こっても、柏木がどうしようって慌てても、悪いことをしていないという絶対の自信と、自分は幸せになるというポジティブな考え方はすごいなって思います」
豊川「そのあたりは男と女の性の違いを、的確に2人の関係の中に落とし込んでいて面白いなと思います。結局、男はあたふたして女はどっしり構えるという。普通に考えると陰惨な話だけれど、そこを笑えるようなものにしている気がするんです」
その柏木は、いかにもうさんくさい大阪のおっちゃん然として異彩を放つ。小夜子をうまく操っているようで、女性には滅法弱くボロを出すタイプ。はっきり言ってチャラいが、豊川はその生っぽさを意識したという。
「あくまで彼の中では大マジメというのがすごく大事だったと思うんです。はたから見ればエッて思うけれど、そこが滑稽に言えればいいなという。だから、柏木は肉屋さんだけれど、肉が大好き。でも、お店の肉には絶対に手をつけない。ちゃんとほかの店で買って食べるわけですよ。そういうところが、おっさんだけれどかわいく見えないかなという感じですね」
大竹が「おかしい。でも何か分かる」と納得するように、2人は新藤兼人監督の「石内尋常高等小学校 花は散れども」「一枚のハガキ」に続く共演で気心が知れている。まさにあうんの呼吸で丁々発止のやり取りを繰り広げていく。
大竹「お互いにすごく信頼し合っていると思っているので、何も言わないでも分かる。ああ、こう来るの? じゃあ私はこういきたいという感じで自由に芝居をしていました。ああしよう、こうしようというのは一切なかった」
豊川「大竹さんとご一緒すると、芝居することがすごく楽しいんです。他の現場じゃそこまで感じることは滅多にないんですけれど、芝居ってこんなに楽しいんだって感覚があるんですよ」
新藤監督は、常に自身の戦争体験が根底にはあるものの人間本来の持つユーモア、たくましさを描出していた。そのあたりは「後妻業の女」にも通じるものを互いに感じているようだ。
豊川「鶴橋さんも新藤監督も、役者の表面的なものはあまり見ていない、その奥にあるものをしっかり見ていらっしゃると思うんですよ。具体的にこう動く、こうしゃべるというのはあくまで入り口で、その奥のところを拾おうとされるタイプだと思うんです」
大竹「新藤さんが見たら、なんて言うだろうね」
豊川「ねえ、見てほしかったけれどね」
そのたくましさ、特に女性の強さを象徴するのが、小夜子がスーツケースから飛び出てくるシーンだ。柏木の「まさか」とあっけにとられた表情は爆笑もの。豊川にとっては撮影のラストカットだったそうで、大竹も思い出して大笑いする。
大竹「あれ、すごい。想像外の表情だった」
豊川「僕も想像できなくて、自然に出てきた表情。今までやってきた積み重ねはこのためにあったんだみたいなね」
大竹「なんじゃこれ、みたいなアップだったよね」
豊川「あの顔のために、柏木をやってきたんだという感じですかねえ」
しかも、大竹が実際にスーツケースの中に入ったというのは、こちらにとっては全くの想定外だった。しかし、豊川はさも当たり前のように説明する。
豊川「何でもできますよ、この人。バク宙だろうが、500メートルの崖から飛び降りろと言われようが」
大竹「やれと言われれば。ここにも入れるかもしれない(と目の前にある紙コップを指さす)」
豊川「刺激は受けます。でも、それより僕が大竹さんに一番もらっているなと思うのは、どんな芝居でもどうきてもいいわよ、好きにやりなさいという安心感でしょうね」
大竹「楽だよね」
豊川「ブラックホールみたいな女優」
大竹「ひどい。本当に。またこれで、私の評判が…」
果てしなく続きそうなテンポのいいやり取りは、そのままスクリーンに投影されているといっても過言ではない。大人の観賞に耐えうる日本映画が少なくなって久しいが、強固な信頼関係に裏打ちされた大竹と豊川がけん引する「後妻業の女」は、人間誰しもが持つ性を笑いに包んであぶり出す洗練された“大人の寓話(ぐうわ)”となった。
特に女性は勇気をもらえるのではないか、と大竹に向けると「あんな悪い女性なのに? アハハハハハ。小夜子を応援するってすごくないですか? 奥さんが離婚して、私は後妻業をするって」とおどけたが、まんざらでもない表情。その奥には自信のほどが垣間見えたような気がした。