劇場公開日 2016年10月14日

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「行間に隠された言葉では紡ぎきれないもの」永い言い訳 R41さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0行間に隠された言葉では紡ぎきれないもの

2024年5月24日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

難しい

2016年公開の作品。
今回この作品を選択したのは、少し前のものだったことで、今の作品との違いを探りたいと思ったから。
この当時にもタイトル名と作品に登場する「もの」が同じという型があった。
サチオという人物は、一般的ではないのだろうか?
冒頭、妻に髪を切ってもらいながら妻への愚痴をまくしたてている様を、画面越しに見れば引いてしまいがちだが、そのような妻との些細な言い合いは日常的に誰にでもあるだろう。
第三者的視点に立ってしまえば、この作品はどこか別の世界の話に感じるだろう。
サチオは、事故説明会の会場でまくし立てた同級生大宮ヨウイチとは対照的に、どこか冷徹で他人事のようにしている。
有名人の妻の事故死ということも重なり、マスコミはサチオにインタビューするが、その回答はTVのコメンテーターのようだ。
大宮は誰も頼る人がいない。そして同級生のサチオに電話する。彼からの電話を掛け直す気になったサチオの心境がこの作品の大きな転換期である。
しかし、その事については深く描かれていない。物語としては非常に重要な部分だ。ここだけは視聴者に委ねることはできないし、ご都合主義的と捉えかねない箇所だった。
さて、
自分とは対照的な大宮家の生活。子供の世話と妹アカネの面倒を見る小学6年生のシンペイ。彼の子供らしからぬ言動に興味を持ったことで、長距離トラック運転手のヨウイチが帰らない日には、「僕が週2日ここに通うよ」といったことで、大宮家の生活を支えるようになる。
大宮家はサチオとはすべてが対照的だった。このことがサチオが一番気になった部分だろう。
編集者のキシモトには「次回作の取材」を言い訳にしていたが、それは後付けの理由だ。
大宮家で感じた一番大きなものが、妻、母の死に対する「悲しみ」
どうしても自分には感じられないその感情の正体を知りたかったのが、大宮家に通う一番の理由だろう。
子供の面倒や家事などにも慣れてきたが、母のいない子供たちは、言葉に出さないけど思いのほかストレスを抱えていることを感じ取る。
特に感情を言葉にしないシンペイは、疲れ切って泣いてしまったことを父には絶対言わないでという。
彼らと一緒に海に出かけると、ぼんやり見えてきた妻の幻。
そんな大宮家と一緒にいるうちに、オファーを断り続けていたTV番組の取材を受けいる気になった。
収録の前日、妻のスマホに入っていた送信されなかったメール「もう愛してない。ひとかけらも」 怒りに任せてスマホをたたき割る。
TV収録で感情が爆発してしまうが、それがかえって良かった。
TV放映は良かったものの、「忘れる」ことについて、サチオとヨウイチの意見が対立する。
この忘れるという概念は、特に東日本大震災でよく使われていた。どこのTVもこぞって「忘れない」などと放映していたが、私自身この「忘れない」という言葉に違和感をぬぐえないところがある。その考え方は、少なくとも、「押し付けられるものではない」と思うのだ。
それは各々に委ねられるものであり、各々が処理すればいいことだと思う。
そして、
従来の考え方は急には変えられないように、サチオもまた、自論をひとつひとつ確認しながら自分自身の方向性を新しくアップデートしようとしていることに気づき始めているのだ。
ヨウイチもまたサチオと話しながら、自分自身の偏った自論をアップデートし始めた。
毎日欠かさず留守電に残された妻の声を聴いていたが、とうとうある日、メッセージを削除した。
私も亡くなった母からのメールを削除できないでいたが、10年ほど前のある日にとうとうそれを削除した思い出がよみがえってきた。
皆で遊びに出かけた科学館の先生との出会いと親しくなったこと、中学生になるシンペイ、そして事実上不要になった大宮家でのサチオの「仕事」
すべては少しずつ変化してゆく。
そのタイミングが重なったとき、サチオの抱えていた、抑え込んでいた「何か」が出現する。
「疎外感」
否めない事実。
サチオは子供がいるというリスクについての持論を展開する。
それは誰が聞いても気持ちいものではなく、言葉が過ぎていた。
酔ったからこそ出た彼の「地」が出た。
サチオが話した子供を作らなかった理由に、ヨウイチが嚙みつく。「なっちゃんは、そうは思っていなかったはずだ」
それに対しサチオは「頼むから自分の幸せの尺度だけでものを言うな。夏子は僕の子供なんか欲しくなかったまま、死んだ。以上!」と言い捨てて帰る。
追いかけてきたヨウイチに「僕は、夏子が死んだとき、冷たい湖でおぼれていた時、妻のベッドで女とヤリまくっていたいたの! 君とは全然違うの」
それからしばらく大宮家には行かず、従来の生活を楽しんだ。
しかし、どれだけ遊んでも酔いつぶれても、苦悩が止むことはなく、どうしてこんなに苦しいのか自分自身わからない。
大宮家ではシンペイが「疲れ」父と喧嘩する。「僕はお父さんみたいになりたくない」
ずっと我慢してきた心の叫びを父にぶつけてしまう。
そのまま仕事に出かけたヨウイチは、事故を起こす。
病院はヨウイチの連絡先からサチオに連絡する。サチオは大急ぎで出かけた。
シンペイの告白「お父さんに悪いことを言った」
サチオ「生きてりゃ、いろいろ思うよ、みんな。でも、自分を大事に思っている人を見くびってはならない。見下してもいけない。そんなことすると、愛していいはずの人が誰もいなくなってしまう。僕みたいになる」
思うに、
サチオは大宮家の人と話しながら、ブレインストーミングしていたのだろうと思った。彼らに起きた出来事とそれを俯瞰できる立場にいること。そして子供たちの純粋な心に触れながら、ゆっくりと従来の自論をアップデートしてきたのだろう。誰でも起きた出来事や「何か」に対する心の抵抗がある。その根源にあるのが「思い込み」だったり、「罪悪感」だったりする。
起きてしまった事故によって、その家族に寄り添うことによって、サチオには見えてきたものがあった。
トラックに一緒に乗って帰るシンペイと、反対方向へと歩き出したサチオ。ひとつの縁が始まって、そうしてやってきた、別れのタイミングだ。
汽車のなかでサチオが書いた「人生は他者だ」
この言葉の持つ意味は深い。そして多義的だ。
人生は他者がいるからこそ成り立つとも解せるし、他者によって自分の人生が示されるとも解せるし、自分の迷いを他者を見ることで学べるとも解せるし、もっとあるだろう。
とにかくサチオは学んだのだ。
そして新しく出版した小説「永い言い訳」
妻のスマホを叩き割ったのは、彼女の言葉に怒った理由とは、それは、サチオ自身が妻をひとかけらも愛していなかったことへの裏返しだった。妻に先を取られた悔しさ、怒り。
パーティ会場でサチオはアカネから写真を一枚もらった。
そこには大宮家と一緒に笑顔いっぱいで写る妻がいた。
脳裏をかすめるヨウイチの言葉「なっちゃんは、そうは思っていなかったはずだ」
その自分がいない写真をフォトスタンドに入れて飾った。
妻の本心が写った写真。大宮家のような家族が欲しかった妻の本心が写った写真。
彼女がずっと使ってきたハサミ、あの日最後に使ったハサミについた自分の髪の毛。
そして、ようやくしまうことのできた妻の遺品。
そしてサチオは20年間妻を愛さなかった言い訳を、永い時間をかけて詫びることができたのだろう。
2016年の作品だったが、よかった。
私も妄想しながら泣けた。
私自身ブレインストーミングできたように思う。
行間が深く、難しかったがいい作品だった。

R41
琥珀糖さんのコメント
2024年5月25日

おはようございます。早いですね。

題名ですが、一番最初に目に入る表紙のようなもので
私たちがレビューを書くときも「タイトル」って大事ですね。
そこで半分の勝負が決まるのかも!

この「言い訳」はサチオの後悔で、「長い後悔に折り合いをつける」では
誰もこの映画を観たいと思わないのではないでしょうか?

R41さんがおっしゃる通り、サチオがサチオの心に折り合いを付けるために、
自分にする「言い訳」ですね。
ヨウイチの子供の勉強をみるのも、食事の世話をするのも。
泣けなかった死んだ妻への後悔と折り合いをつけるための代替え行動。
子供のいないサチオは初めて子供と接して少しは大人になったのだと思います。
この映画はやはりかなり考察したくなりますね。
私だって勝手な解釈で、西川監督が聞いたら、
「何にも分かってないじゃん」と言われるかも知れません。
ミステリー的な「ゆれる」
西川美和監督を有名にした代表作で2006年、弱冠30才そこそこで
撮った作品です。
迷宮に嵌ります。
では良い週末を。
こちらは現在温度が一桁の9度。
暖房をつけていますよ。

琥珀糖
琥珀糖さんのコメント
2024年5月24日

良いレビューですね。
泣けてきました。そしてR41さんが、2度めに見て、
一度目にテレビで観た時とは、全然違ってみえたことが、
感じられました。
妻(夫、子供、親、姉妹)を大宮のように手放しで愛せる種類と、
衣笠のように割と冷たいタイプ。
私も後者です。
家族は必要性がものすごく大きいし、利害関係で繋がってるし、
失いたくない絶対的なものです。
しかし愛してるか?と聴かれたら、衣笠ほど冷淡ではないけれど、
手放しで愛してるとは言えません。
でも衣笠の妻への甘えや依存をみていると、決して愛していなかった訳ではないと思います。
浮気していた贖罪とか、倦怠期・・・それ以上に深津理恵の妻から
見限られてるのを感じていたのかも知れません。
妻の死を案外ケロリと忘れて再婚するのが大宮で、いつまでも引き摺って
立ち直れないのが衣笠かも知れませんね。
良いレビュー、ありがとうございます。
沁みました。

琥珀糖
ドン・チャックさんのコメント
2024年5月24日

8年も前に劇場で見た映画なので、
内容はほんとど忘れています。
もう1回見てみようかと思いました。

ドン・チャック