「竹内結子は「産声」を上げる」クリーピー 偽りの隣人 ゼリグさんの映画レビュー(感想・評価)
竹内結子は「産声」を上げる
まず、この作品には横縞、縦縞の「ボーダーライン」が至るところに出てくる。
アパートや路地の手すり、大学の壁、高倉の家の柱など。
さらには野上が廃屋を調べる際に、懐中電灯の光をカメラに向けるのだが、映らせてはいけないはずの光の反射とシャッタースピードの差異による波型のノイズという普通なら「ミス」となる物をあえて使ってまで「横縞」を作り出している。
これが偶然な訳が無い。
なぜ「ボーダーライン」なのか。
精神病のひとつに、この「ボーダーライン」と名のついた病名がある。
境界性パーソナリティ障害。
この障害を持つ者は、1人で居る事に耐え切れず、他者を求め、他者に自分を見つけようとし、そして「自分の力ではなく他者に頼る」傾向がある。
これはどう見ても西野の事を指している。
賭けてもいい。絶対に偶然な訳がない。
普通の映画なら、医者なり何なりを登場させ「西野さんはボーダーラインでしょう」などと言わせ、西野がああいった言動を繰り返す原因を、簡単に「言葉で説明」してしまうだろう。
だが、黒沢清がそんな事をするはずがない。
彼はあくまでも「画面」で語る。
「知識」という映画とは関係の無い物を「言葉」という目に見えない物で語ったりはしない。
映画の邪魔にならない程度のヒントは置いといたから、気になるなら後は勝手に調べろという話なのである。
シマシマ模様の話はここまでにして、結局西野は何がしたかったのかという話に行こう。
というよりも、監督が西野に、また、登場人物に「何をさせたかったのか」という話に近い。
西野は前述した病気である。
1人に耐えられない彼。
しかし、そんな障害を持つ者が、人とうまく交流出来るはずもない。
そんな彼が、どういう行動に出るか。
「家族」を作り出しているのである。
偽物の家族を形成し、他者の「家」で生活を共にする。
だが、そんな他人の人生を乗っ取る生活が、何の支障も無く続くはずが無い。
だからこそ彼は、新たな「家」を求め、転々としたのだ。
そんな彼が殺人を犯す。
すると、その被害者はまるで「胎児」のように体を丸め、羊水に浸かっているかのように、ビニールで密閉され、へその緒が付いているかのように見えるチューブを使って、圧縮される。
彼によって作られるのは死体ではなく、全く逆の「胎児」であり、生まれるのを待ちわびる新しい命である。
彼はそうやって、新しい「家族」を形成しているのだ。
なぜ最後、竹内結子に、観客の鼓膜を破らんほどに絶叫させ「赤ん坊のような号泣」をさせたのか。
ひたすら扇風機を使って「風」を求めていた彼女は、生まれ変わって救われたのか。
その反対なのか。
「死んだ者」が「胎児」に遡るならば「生き残った者」は「生まれたての赤ん坊」で止まる、という事なのか。
彼女の産声を聞きながら、不敵に笑う西野の顔で、映画は終わる。
ちなみに、隠れ家には病院のようなベッドがあり、彼は注射を使うため、西野はまるで医者のように見えるが、彼が使う注射の中身は何なのか、女の子が死体にかける液体は何なのか、一切の説明が無い。
そして何より、西野が結局誰なのかは全く解らない。
「起源」もなければ「動機」もない。
僕の考察など、ただの推測に過ぎない。
明確な答えは何ひとつ無く、無駄な事は説明しないのがたまらなく良い。
正直、考察はしてみたものの、死体を前述したように扱う西野は、どう考えても頭がおかしいとしか言いようがなく、僕の考察が監督の意図した物と合っているかは知らない。
だが、それも仕方ない。
西野というサイコパスの考える事など、ましてや黒沢清という天才の考えなど、僕には理解できないから。
いつものように、ことさらにビニールやカーテンを揺らし、草木は風に吹かれ、怪しげなスクリーンプロセスがあり、素晴らしい黒沢映画だった。
照明を長回し撮影の途中で変えるなど、高度な撮影も行なっており、6年前の事件現場における、ドローンを用いた「グイーン」と上昇する俯瞰撮影も凄い効果を発揮しているし、電車がやってくるタイミングも素晴らしい。
大学でのガラスを隔てた、重苦しい「手前の空気」と、和気あいあいとした「奥の空気」の差異が良い。
また、警察署内や、西野の家の隠し部屋に続く廊下の感じなど、いつもながら、廃屋感による不気味さが出ていて、とても良い。
余談だが、笹野高史の見事な床下への落ちっぷりには笑った。
とんねるずの番組だったら絶賛されているだろう。
まだ一回しか見ておらず、この監督の細部は多いため、見落としもいくらでもあるだろう。
そのため、こんなにいいかげんで、玉虫色の考察になってしまった。
もう一度見れば、また新しい発見があるはず。
それぐらい豊かな細部に彩られた傑作だった。
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クリーピー 偽りの隣人
映画レビューへのコメント
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送信者 浮遊きびなご さん
浮遊きびなご(この画像が表示されます)
内容 ゼリグさん、
『クリーピー』へのコメント有難うございました!
誘い水みたいな事を書いてしまったようで
なんだかかえって申し訳無いんですが……。
にしても黒沢清監督は恐ろしい人ですね。
どうしてこう……ふだん意識にも上がらないような、
言葉にし難い恐怖を映像で引き出せるのか。
尼崎事件なんて現実離れした出来事のようですが、
そんな事件や意識は実は誰にも起こり得るんだと
自覚することが大事なのかもしれませんね。
僕のレビューは映画を観た後にどうして自分が
そんな感情になったか?をとにかく考えます。
基本、感情論なんです。どれだけ平等を気取っても
人は主観でしか物を言えないと割り切ってますが、
視点が凝り固まってるなあと感じる時があります。
なので今回のゼリグさんのレビューのように、
好きな作品の魅力を思いもよらない角度から
引き出してくれる意見が無性に面白い訳で。
あまり書いてプレッシャーになるのも悪いので(笑)、
これからもゼリグさんの視点とゼリグさんの
ペースで書いていただければそれで嬉しいです。
その時はまた、こっそり覗かせてもらいますね。
返信御無用。それではまた!