「深淵、覗き込むべからず 【スコア修正】」クリーピー 偽りの隣人 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
深淵、覗き込むべからず 【スコア修正】
あの、今回レビューの文章に食事中の方には不向きな
表現があるのでちょっとご注意ください。というか、
全体的に不快な内容の多いレビューになってます。
すみません。
いやあ、怖い、怖い、恐ろしい、恐ろしい映画でしたね(淀川さんか)。
本作の宣伝で竹内結子が語っていた感想以上にピタリ
と来る言葉が浮かばないので引用させてもらうと、
「何かとんでもなく悪い夢を見た」という厭(いや)な後味。
一晩経った今も、心に残った“ぬめり”が取れない。
トイレ掃除をしていたら、普段洗わない所に
びっしり張った黒黴を見つけてしまったような、
ぼんやりしてる間に内側を侵食されたような、そんな感覚。
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本作の予告を観た時、僕は同監督の傑作スリラー
『CURE』の再来を期待していたのだが、本作からは
『CURE』とは似て非なる恐怖と狂気を感じた。
『CURE』は殺人衝動を励起させる男が登場するが、
本作に登場する“西野”はタイプが違う。
彼は人から意思を、自我を奪う。
“西野”の言動は滅茶苦茶だ。
1粒1000円のチョコレートですかと問うあの無神経さや、
初対面の隣人にずけずけと文句と脅しを垂れる傲慢さ、
そのくせ席を譲ったり料理を誉めたりとフレンドリーな面もある。
行動規範がさっぱり分からないし、どこまでが
計算でどこまでが本音だったのかも分からない。
最後も高倉に銃を渡して自滅というあまりにも間抜けな最後。
(「ぇえっ?」じゃねえよ(笑))
他人が自分の為に働くことは、彼にとっては
呼吸と同じくらいに自然なことだったんだろう。
本多家の娘が助かったのも、西野家の娘を生かしていたのも、
たぶん自分で死体処理するのが面倒だったからに違いない。
悪い事や汚い事は全部他人の責任。
自分を養う事すらも他人の責任。
そんな滅茶苦茶な論理なのに、
なぜか人がそれに従ってしまうのは、きっと自責の念から。
“西野”は相手にほんの小さな負い目の念を抱かせたら、
そのわずかな傷口をまるで蠕虫(ぜんちゅう)のように
少しずつ少しずつ拡げて皮膚の下へと潜り込んで(creep)いく。
「自分はよくない人間だ、責められて当然の人間だ」
と、そう思わせるまでに相手の心を食い潰す。
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こんな非人間的な人間がいる訳がない。
こんな犯行が世間の目に触れない訳がない。
この物語は所詮フィクションだ、と笑えればまだマシだが……
2012年に発覚した、尼崎事件を思い出してしまった。
主犯の女が、見ず知らずの家族を集めて疑似家族を構成し、
財産を奪うのみならず、親戚同士での暴力を強要、
死亡者・行方不明者数は10名以上という異常な事件。
最初の不審死発生は1987年にまで遡るという。
詳細を覚えていなかったのでレビューを書く前に
調べたのだが、聞けば聞くほど本作とよく似ているし
胸糞が悪い。正直、知らなければよかったとさえ思う。
何が目的なのか? 何が発端なのか?
何が心因なのか? 何故そんなことが出来るのか?
何で? 何でだ? こいつは本当に同じ生き物か?
いくら問い掛けても納得のいく回答は出ないだろう。
そう、この映画で最も恐ろしいのはここだ。
他者を完全に理解することなどできない。
人には、他者が決して理解できない暗部がある。
興味本位でそれを覗こうなどと、ゆめゆめ思わない方が良い。
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それとも、自分のことすら理解しきれないのに、
他者のことを理解しきれる訳も無いのだろうか。
高倉の妻は、自分にあんな暗い側面があること
に気付いてさえいなかっただろう。
彼女が崩れていく過程は飛び飛びにしか描写されないが、
想像力でなんとなく補間はできるし、その曖昧さが
かえって事件の得体の知れなさを強めていると感じる。
彼女はきっともう元の彼女に戻ることは出来ないだろう。
何もかもが壊れてしまったような最後の絶叫が、
未だに頭を離れてくれない。
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隣家同士の狭い付き合いではなく、地域ぐるみの
コミュニケーションが濃密だった時代なら、こんな
異常事態にもすぐに気付くことができたのだろうか。
昔から同じような事件はあっただろうし単純に
そう言い切ることもできないが、この物語においては
地域間・夫婦間のコミュニケーション不足が
事件の発覚を遅らせたのは確か。
だからと言って全くご近所付き合いをしない訳にも行かないし、そもそもご近所さんが
異常者だなんて誰も予測できないし、
人同士の距離感というのはまこと測り難いもの。
この映画の恐怖の根源は、コミュニケーション
そのものについての恐れなのかもしれない。
鑑賞直後は4.0判定くらいに感じていたのだが……
レビューを書くため思い出す度、この映画が恐ろしく
思えてくる……普通は印象が薄れていくものなのに。
鑑賞中は明白に感じられた恐怖が、ぼんやりとした
恐怖に変化するにつれ、溶け出したアイスがこちらの
手を汚すかのように、ぬるりと身内に浸透してくる。
ああ、観なきゃ良かったのか観て良かったのか……。
※初め5.0判定を付けたが、他の作品がそれを超えてきたので
申し訳無いけれど4.5判定に引き下げさせていただきます。
<2016.06.18鑑賞>
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余談1:
不可解な事件への興味と興奮を抑え切れない高倉に
ついても書きたかったが長くなるので割愛。
余談2:
人間不信になりそうな本作を観ていたら……
無性に犬か猫が飼いたくなってしまった。
この映画で安心して見てられたのは
君だけだったよマックスくん……
僕のクリーピーの評も読んでいただけたと知り、こちらにもお邪魔させていただきました。
顎を外していただけたようで、本当に光栄です(笑)
正直、あんな曖昧なレビューに、あれほど多くの方が共感していただけるとは思わず、恐縮の極みです。
レビューが長文になりすぎるという理由で、あえてこの作品の持つ狂気や気持ち悪さについては割愛させていただきました。しかし、貴方様のレビューを読ませていただいたところ、僕の言いたかった事がほとんど代弁されていたため、非常に感銘を受けました。
尼崎事件は本当に怖いですよね…
こんな題材が、完全にフィクションだと言い切れない世の中が恐ろしいです。
それを、ここまで観客に思い知らせる黒沢監督も凄いですが(笑)
僕はただ、映画における画面上の法則性や違和感のようなものを探しながら観ているだけの、映画好きリーマンです。
あまりレビューを投稿する事は多くないですが、また読んでいただけると幸いです。
長文失礼いたしました。