「誰かのために役に立つことをしたかっただけ」美術館を手玉にとった男 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
誰かのために役に立つことをしたかっただけ
マーク・ランディスは30年に渡って、全米20州の美術館に偽物の名画を寄贈し続けた。
その偽物は、総て彼が模写した小品作品。
油彩、水彩、デッサンと形式はさまざま、中にはスヌーピーに登場するチャーリー・ブラウンもあった。
偽物に気づいたのはひとりの美術館職員マシュー・レイニンガー。
レイニンガーの発見により、マークが寄贈した多数の偽物の存在が明らかになり、全米中を驚かせたが・・・というハナシ。
日本タイトルからは、マーク・ランディス=天下の大悪人・詐欺師、のような印象を受けるが、そんなことはまるでない。
美術館から金品を得ていたわけではないので詐欺にあたらないというのが法的解釈なのだけれど、法的にどうのこうのとか埒外の行為だとみていてわかる。
彼にとって、名画を模写して、誰かにあげる行為は、相手が喜ぶ善い行いなのだ。
模写して出来上がった作品が素晴らしく観えれば、それは(オリジナルでなかろうと)名画であり、名画をもっていない美術館にあげるのだから、相手は喜ぶだろうという感覚。
他人のために役にたっている行為、いわゆる一般的な労働行為と変わらない。
そして、彼にできる行為が、模写だけだからだ。
とにかく、彼の模写技術はすごい。
稚拙で大胆な部分と、繊細な部分が混在していて、模写そのものがひとつのアート(のよう)である。
原本はカタログなど。
それを切り取り、コピー機で複写する、もしくは原本の上から紙を乗せ、何度もめくっては乗せて、下に敷いた絵の線をなぞる。。
その上から、水彩絵の具などで丁寧に色を添える。
しかし、人物は入念だけれど、背景などは手抜き。
古い雰囲気を出すのは、珈琲をぶちまける。
こんな子供だましみたいな方法なのだけれど、出来上がったものは素晴らしい。
この模写手法は彼が自分で編み出したもので、原点は子供の時分に遡る。
軍人の父を持ち、裕福な家庭に育った彼は、両親と共に世界各地を転々とするなかで、8歳のころからホテルにひとり残されたときに、このような模写をやっていた、という。
で、彼にできることは、これしかない。
彼は、若いころから統合失調症等々の精神病的診断がなされ、現在も通院して服薬もしており、この模写行為をとり上げられると、彼には何も残らない。
ただ模写だけをしていればよいかというと、そうもいかない。
社会とのつながりがなくなるからだ。
他人のために役に立つ、他人が喜ぶ、そういうことをしなければ、彼自身の存在意義・アイデンティティが保てない。
だから、寄贈するわけだ。
美術館に寄贈する行為が知れ渡った彼は、もうこの行為は出来ない。
最後に彼が言う。
「ぼくは小さい絵を描く(模写する)ことしかできない。これからは、奪われた名画を元の持ち主に返していきたいな」と。
あくまで、誰かのために、ささやかだけれど役に立つことをしたいんだ。