「アニメ作品のリバイバル上映ではあるが是非」この世界の片隅に yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)
アニメ作品のリバイバル上映ではあるが是非
今年177本目(合計1,718本目/今月(2025年8月度)5本目)。
アニメ作品とはいえ、この時期特有の戦争もの(原爆もの)であり、実は見たことがなかったので見てきました。
当時の呉市は軍港であり、原爆投下の被害を受けた広島市よりもそもそも人口が多かった(というより、広島市は地形が複雑で(当時の水準では)住むにはあまり適さなかった事情は確かに存在します。現在でも路面電車等が複雑な状況になっているのはこの事情)。
こうした事情がある、当時、広島市より栄えた呉市をテーマにした作品で、実話ではないですが、原爆投下等は史実通りですし、呉市の描写などもかなり正確なので(はじめて放映された当時は呉市の観光ツアー等もあった模様)、その意味では、純粋たるアニメ作品と映画との中間的な立ち位置(後者に近い)になるかなと思います。
映画の最後のあたり、いわゆる終戦のラジオ放送を聞いた後に多くの人が落胆するところにおいて、朝鮮半島の独立旗がかかるシーンがあります(当時は韓国、北朝鮮ともに成立していないので注意)。呉市は当時軍港であったため、一定程度の当事者が労働しており、このことを反映しています。また、「こうした人たちで私たちは生きていたんだなぁ」という発言も、当時の主婦(ここでは便宜上使用する語。少なくともその当時は女性が家事をするしかなかったので)は、戦争の情勢の悪化とともに、米の配給等も少なくなり、無理にでも闇市等で手に入れることも多々ありましたが、映画内でも描かれるようにお米を毎日炊く彼女は(というより、当時の一般的な主婦は)、おおよそ、その米がどこ産で、おおよそどの国の割合で混ざっているかは把握しており(当時の日本では当然、日本国産100%などということはあり得ず)、そのことを反映したセリフになっています(原作コミック版ではもう少し過激な発言になっているようですが、無用な誤解を招くということで変更された模様)。
なお、映画ではそこまで出てきませんが、広島市への原爆投下後、呉市にはある程度施設が整っていたことから一定数の流入があり、また、戦後(降伏後)は、オーストラリア軍の指揮下に置かれた事情があり(西日本は原則イギリス占領。その中でもオーストラリア占領となったところもあり、呉市が代表)、現在でも呉市とオーストラリアの当時の交流を示すモニュメント等もおかれています(映画内ではこの降伏後のことまでは描かれていない)。
採点に関しては、以下まで考慮したものの、フルスコアにしています。
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(減点0.2/呉市の語源の取り上げ方に偏りがある)
ラストあたり、「呉は、周りに九つの嶺があることから「くれい」から「くれ」になった」というような発言があります。確かに現在の呉市もこの立場を取りますが、呉市の「くれ」がどう形成されたかはこの説以外にもいくつかあり(トンデモ論等はともかくとして)、他ににもいくつかあります。この点は断定的な発言は避けるべきだったのではなかろうか…と思えます(ただ、「当時の」当事者にとってはこの説が通説的に信じられていたように思えるし(戦時中、戦後の混乱期において、地名の語源を詳しく語るような人はおよそ想定できない)、ある程度仕方がない部分はあります)。
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