「161112『この世界の片隅に』感想」この世界の片隅に 水玉飴さんの映画レビュー(感想・評価)
161112『この世界の片隅に』感想
原作も前評判も全く触れぬまま、只もう7年も前に片渕須直監督の『マイマイ新子と千年の魔法』に受けた超ど級の衝撃と私的に決して揺るがぬものとなった彼の才能への絶対的な信頼だけを頼りに、この度問答無用で前売り券、絵コンテ本、ぱらぱら漫画特典などを次々と買い漁り、我ながら無謀過ぎる先行投資をやってのけた(※だからクラウドファンディングされた方々には只々頭が下がるばかりです)末に、本日劇場公開初日にて無事劇場鑑賞を済ませて来てやや半日が過ぎようとするタイミングでの、以下無理にでもまとまった感想を書き残そうという試みなのだが、大東亜戦争(以下先の大戦)をその日常をもって闘い抜いた末に生き延びる運命を更に強いられ続けた人々の気丈であり続けること、互いに思いやり支え合い決して裏切らず、皆が笑って生きられる日常風景を夢見ながら、この夢と絶えず向き合い続け、自らこれに負う所を大きく抱くことを至上の生甲斐と、自然と受け入れられる快い心持ち、こういった豊かに生き続けることへの貪欲さと言う意味での精神の崇高さの素晴らしさ…といったような、言葉にまとまり切らないテーマ性を私的に直感で抱かされ、まずコトリンゴの歌で飾られたOPクレジットの時点で訳も無くしんみりとできて、次にすずを庇った夜勤明けの義父がまさかの…の場面でまんまとフライング号泣への忍耐を間抜けにも強いられ、しかし玉音放送直後のすずの「そんなん覚悟の上じゃないんかね、最後の一人まで闘うんじゃなかったんかね、まだ左手も両足も残っとるのに…!」続いてすずのモノローグで「飛び去っていく、うちらのこれまでが、それでいいと思ってきたものが、だから我慢しようと思ってきたその理由が…」の流れの一連のシーンや、最後の広島原爆被災孤児との出会いのシーンでは、そしてこれに続くEDで物語られるその後の家族模様は、私をして、「え、劇場で号泣しまくった後、恥もへったくれ無く無惨を極めた顔とか顔とか顔とかは、偶然劇場に来る前立ち寄った郵便局で貰っておいた年賀状販促ポケットティッシュがあったからこそ窮地を免れたが、今回のような超ど級の傑作に泣かされまくった際の劇場鑑賞ってこんなにもリスキィだったのかよふざけんな(喜)!!!」と大真面目に思わしめたりもしたのであった。ここまで映画に泣かされたのは初体験だ。巧妙を尽くした完成度の高過ぎる映画、これを作った才能によって泣かされる時、人は自らその理由を瞬時に悟ることは愚か、直感によって予感したり窺いかけることすら許されない次元で、只々我知れぬまま込み上げてくるまま動揺させられるままなされるがまま、塩分を無駄にするしかないのだなと痛感させられた。
『この世界の片隅に』は、いわゆる反戦映画の枠に収まる筈も無い、「人間とは、いかなる不条理、悲劇、悲惨を極め尽くした状況にあっても、心の豊かな日常を標榜し、これに喰らい付き続け、貪欲であり続けられる生き物だ」とまざまざと表現し尽くした、人間愛の、人間に希望を見出させる、究極の人間肯定の映画である。私がここで言う「豊かさ」とは、先の大戦後の日本が失った公けと個人とへの尊厳の均衡の感覚、この近代以降の国民国家的な社会生活における日常的なさりげない幸福感覚を根底から支える基礎的なモラルを獲得できている人格的な麗しさをもってして初めて営みが可能なもののことであり、これが、いわゆる大東亜共栄圏を標榜し大東亜戦争に突入するまで追い詰められ本土総力戦や大衆の困窮を極めるまで、皇国とこの民主主義の尊厳を守るため故に疲弊させ尽くしてしまったといった、ほぼ必然的な、不可抗力的な、不条理を極めた敗戦に及ぶまでの歴史的事実の総体への是非を問うようなテーマ性に伴う押し付けがましく教条主義的でやや不快にあざとくもあるこれに特有の暑苦しさが一切排除された『この世界の片隅に』においては、まずもって愛国とか反戦とか反核とか民主主義とか近代保守とか愛郷心とか云々する以前の問題として、例えば仮に戦前、戦中、そして戦後に繋がる生々しくも厳然とした連続に他ならなかった全ての局面において、人間はその都度目先に迫られる穏やかさや脅威への動揺と豊かに向き合い続けてこれたかもしれない、こういった理想を諦めさせないでくれる程度には、或いはこれをファンタジーとして説得力を持たせる題材たることに不足が無い程度には、これだけをもってでも充分に快く肯定し、尊び、誇りを持って讃えられる存在と言えるのではないかと観る者をして問いかける力を見事に獲得した傑作だと思えるのであり、裏を返せば、こういった豊かさと疎遠であり始めて久し過ぎるほぼ全ての鑑賞者に対する、心の底からの癒しを与える超弩級にえぐい救済の傑作とも思えるということである。ここまで優しい創作思想哲学に貫かれ、且つ完成度の高い映画作品を、私は『この世界の片隅に』を置いて他に一切知らない、と本気で思えるほど感動できた。
この傑作の名誉のために書いておきたいのが、例えばすずの初恋(?)の相手たる水原哲の「わしぁあ英霊呼ばわりは勘弁じゃけぇ、わしを思い出すなら笑うて思い出してくれ」や、玉音放送直後にすずが畑まで飛び出して嗚咽する手前のCUT1290で朝鮮愛国歌が蛍の光で知られる曲調で鳴り響く中で太極旗が掲げられ始めた情景描写があったりすることは、決して『この世界の片隅に』を反戦映画とか自虐史観映画と愚か過ぎるレッテルを貼る根拠足り得ない。それらは収拾され感慨深く把握され作品の臨場の構造に組み入れられた情景描写の一つ一つに過ぎない。ならば同じ作品の内にそれらと並列して、例えばすずの「海の向こうから来たお米、大豆、そんなモンでできとるんじゃなぁ、うちは…、じゃけぇ暴力にも屈っせんとならんのかね」など、さも日本古来の農本主義を思わせるかのような保守的な思想を象徴する台詞が丁寧に語られる部分とも向き合った時、その陳腐なレッテル張りは整合性を維持できない。そもそも『この世界の片隅に』の原作力、そして映画監督の才能のレベルが、そんな見え透くような貧相な議論上の似非思想の一貫性への拘りなどを一切眼中から排除し切ってしまっている、言うなれば、それだけ教養の生育過程が豊かだった、各が違う、育ちが良いってだけの話で、こういった傑作を生み出す才能の前では、馬鹿は馬鹿らしく恥を知って謙虚たれる機会を得られるだけ儲けモンってことである。そして、まぁ無いとは思いたいが、最後の孤児を連れて帰る件に関して、冒頭のひとさらいよろしくこれは美談を模した誘拐とか軽率な判断の類と批判する向きがあるかもしれない。一つに、当時の原爆被災直後の状況で、あのなりの子供が独りで野垂れ死に寸前のボロボロの体で地べたに落ちて汚れたものを平気でがっつく状況にあった場合、少なくともこの子供の事情からする限りは、これを連れて帰って介抱し面倒を見続けてやるお節介を焼くことは何ら迷惑にも不都合にもなりはしないと、原爆による広島の文字通りの焼け野原を前にして、誰もがそう認識せざるを得なかった、つまりそれが幾らでも通らざるを得ない社会状況が歴然だった。又一つに、時代考証的なリアリティは別としても、すずは右手と晴美を失った精神的且つ身体的ショックで間違いなく流産だろうし、径子も晴美を死なせた自責と向き合う苦悩に耐えることに精一杯だったし、周作をはじめ北條家の面々はかえって生き延びて遺された苦しみを負い続けなければならなくなった彼女らの不遇を只々気丈に振舞って寄り添って支えてやらねばならないと、表面的に決して描かれも語られもしないところで献身を尽くしていたのであり、すずの広島の実家では母が犠牲になり、妹も被爆しほぼ助からない運命に蝕まれ始まる中、真偽定かでない恋沙汰にうつつを抜かせる只一つの救いに依る皮肉の犠牲となりはて、さて果たして、ここまで日常の骨格がボロボロにされ尽くしてしまった北條家のその後には何らかの救済、報いが、せめてファンタジーの体裁上、施されなければ釣り合いが取れない、どう劇伴や絵柄のほんわかさの演出で取り繕っても、ほぼ生き地獄確定路線なのであって、そこにきてあの原爆被災孤児とすずらとの出会いはそういったお膳立ての上で全て必然を持って結ばれる、起こるべくして起こった喜ばしいアクシデントの他ないのだ。
又最後に、『この世界の片隅に』は、広島の原爆を機に呉での日常を取り戻し生き延びた人々を描いた、だからといってこれが本質的に生き延びた人々の卑怯さを忍ばさざるを得ない下らない物語などと卑下されて良い筈も無い、事実、冒頭に述べた私的なテーマ性の印象のように、『この世界の片隅に』は、生き残ってしまったが故の苦しみとも気丈に振舞って心の豊かさに貪欲であり続けることを忘れず生きようと必死であり続けた群像の理想像を描き切ったのだから、彼らに限っては決して英霊を断絶された歴史や価値観、社会像の隔たりの対岸から只突き放して大仰に、形式的にだけ奉ったり、場合によっては後ろ指を差して当時の日本国民を惑わした天皇や軍部こそはアメリカ様に打ち負かしてもらってむしろありがたがるのが当然の報いなどと裏切りの非道を尽くしたりすることとは全く無縁である。繰り返すが、『この世界の片隅に』は大東亜戦争末期の大衆日常的なこれ特有の戦争模様に材をとった究極の人間肯定を謳う超ど級の傑作である。ようやく感想が言葉らしい言葉に落ち着き始めた感がある。宮崎駿の『もののけ姫』以来の、これに優るとも劣らない傑作を前にした困惑を覚えている。ここまで述べておいて今更だが、これだけの傑作を前にすれば、最早私の鑑賞の感覚など全く無力だ。無力感でいっぱいだ。只確かに言えることは、私は映画を観てあれだけ館内で大量の涙を流しながら嗚咽と呼吸の乱れを他から感づかれないよう必死になったことは初めてだったし、多分今後も無いことだろう。未だ私は『この世界の片隅に』を図りかね過ぎているというのが率直なところではないか。んなことはどーでもいいのだ。『この世界の片隅に』という傑作と生きて出会うことができた喜びの余韻に酔いしれるだけ酔いしれていたい。この点で今しばらく馬鹿になり続けていたい。『この世界の片隅に』に敬服する以外何も無いのが今の私の率直な感想の全てである。