「戦争のすぐ隣で生き営む人々の生身の姿」この世界の片隅に 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争のすぐ隣で生き営む人々の生身の姿
戦争をテーマに作品を作る時、その悲劇性や無残さ、残る哀しみと描くことがほとんどだ。一番に伝えたいメッセージがそれだからだ。しかしこの作品が違うのは、メッセージは共通していても、その表現方法が異なっている。一人の少女の日常と成長と半生を見つめ、彼女の生活のすぐ隣にある「戦争」、彼女の生活にふと挿し込まれてくる「戦争」、そして彼女の生活を侵食していく「戦争」の様子を見ている。なので物語の主体はヒロインすず自身であり、すずの日常こそが映画の本体だ。だからこそ、一人の少女の生活を戦争が脅かし、食い蝕まれていく様に感じ入るものが湧いてくる。
淡いタッチの優しい絵、作品全体に振り撒かれたユーモア、すずのふわふわとしたキャラクター。いずれも戦争映画には似つかわしくないものだが、その相反する要素がぶつかり合うことで、より描きたいことが鮮明になったような気がする。
映画の中で「生きる」ことを謳うことは難しくない。しかし「生き営む」様をきちっと捉え表現することは時に難しい。戦争という重大なテーマを扱えば尚更、生きることに傾きすぎて、生き営むことを描き忘れてしまいかねない。しかしこの作品は、戦争の中で、生きて生活を営む人々の「生身」を強く感じた。登場する一人一人に平等に命があり、分け隔てない死が訪れる。それを描くのに泣かせの演出が一切不要だったのも大いに納得。すべての登場人物が、地に足をつけて生き営んでいるのを感じられたのは実に見事なことだった。
その上で、一人の少女の成長と女性としての戸惑いと、そして人生の物語としての充実感も素晴らしかった。現在とは違う価値観を持っていた時代。まるで運命に流されるかのように揺蕩うままに生きるすずが、自分に降りかかる運命も宿命もすべて受け入れ肯定しながら、打たれ叩かれ喜び笑い、そして初めて自分の宿命を否定した時にまた一つ扉が開く。そんな一人の女性の人生の物語としても、良く描けた作品で本当に大切な作品になった。
是非、後世に残したい作品だ。