劇場公開日 2016年11月12日

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「いまだからこそ」この世界の片隅に のいさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0いまだからこそ

2017年1月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

キナ臭い昨今の社会の状況を見つつ、いまだからこそ作られた映画なのだと実感した。大手の製作会社が金を出さず、クラウドファウンディングで製作費をまかなったという事実も象徴的で、テレビドラマの安易な焼き直しが観客動員を稼ぎ、映画作り自体が商業主義によって合理化され本来のモノツクリの息吹を失いつつ有ある現在、口コミで動員を拡大し配給館を劇的に増やしていったということにまず拍手を送りたい。そして、普段ならばそうしたニュースに我先にと飛びつくマスメディアの多くが、その事実を報道することに消極的である印象も否めず、それもまたここ10年ほどの風潮を思わせる。
作品としては、まずアニメーションによる表現技術のレベルの高さ、卓越したセンスの良さが特筆ものといえる。柔軟でシンプルな絵柄のタッチが物語ともよく似合い、時折、ヒロインの心象風景を表すかのように展開される画面いっぱいの『絵』の構成が胸に迫る。彼女が居た風景、彼女が視た風景、そして彼女がなにを想ったかについて考えずにはいられない。淡々と綴られる戦中の庶民の日々、夫婦や家族の普通の情景に薄暗い時代が陰を落とす。いまとは掛け離れているようで繋がっている戦争の日常が、主人公の姿を通して我々に伝えて来るもの…。映画が伝える得体の知れない衝動を胸において、いまも世界の各地で空襲は繰り返され、核は作られ、そのことに対して我々はやはり無力だという事実を思い起こす。だが、それでもいうべきこと、やるべきことがあることをこの映画は教えてくれる気がした。上映後はやるせない沈黙が映画館のなかに漂っているようで、私は思わずまわりを見た。その沈黙は感動か。いま、その感動でなにかを変えることはできるのか。

のい