劇場公開日 2016年1月8日

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「ラストマン・スタンディング 【追記】」ブリッジ・オブ・スパイ 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ラストマン・スタンディング 【追記】

2016年1月10日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

知的

明けましてずいぶん経ちましたがおめでとうございます。
2016年も宜しくお願いします。

年明け最初の鑑賞作品は
S・スピルバーグ監督の最新作。
米ソ核開発競争による緊張が高まっていた1957年。
米国に捕らえられたソ連人スパイと、
ソ連に捕らえられた米国人スパイ。
そのスパイ同士の交換交渉という危険な役を
政府から任されたのは、民間のいち弁護士
であるジム・ドノヴァンという男だった――
という、実話に基づくサスペンス作品。
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前半はソ連人スパイ・アベルの弁護という
不利な裁判に挑み続けるドノヴァンの姿と、
米軍偵察機パイロットがソ連側に拘束される
までの経緯が描かれる。
このパートは物語の背景やドノヴァンという人物を
紹介するパートという感が強く、やや大人しめだ。

だが後半、舞台が東ベルリンへ移ってから
映画はギアチェンジ。緊張感がグンと増し、
息詰まるようなサスペンスが展開される。

当時は、米ソ冷戦のシンボルともいえる
ベルリンの壁建設の真っ最中。WWⅡの
爪痕が色濃く残る東ドイツの治安は悪く、
おまけにドノヴァンにとっては右も左も
分からない異国の地なのに、政府は
道案内も通訳も援助してくれない
(あくまで民間人の交換という“建前”で
交渉する必要があるため)。
東ベルリンで拘束された別の米国人の救出も
絡み、事態はさらに複雑化。そんな状況で、
ドノヴァンは各国の思惑が絡む高度な交渉に
挑まなければならなくなる。
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なかなか本心を見せない相手との
駆け引きの数々が不気味でスリリングだ。
アベルは米国に情報を売ったのでは?と疑うソ連、
大国アメリカとの交渉で独立国である事を世界に示したい東ドイツ。
民間人の救出は二の次、あくまでスパイ交換だけを成功させたい米国。
それら全てを満たして全員を救出しようとするドノヴァンの、
“駆け引き”と呼ぶにはあまりに綱渡りな奮闘ぶりがスゴい。

英語以外の言語をあえて訳さない演出もグッドだ。
相手が何を喋っているか、何をする気なのか、
言葉の端々や身振り手振りで推測するしかない怖さ。
きっとドノヴァンも同じような恐怖を感じていたのだろう。

サスペンス要素もさることながら、
淀みない語り口や仄かなユーモアも
流石スピルバーグといったところで、
142分の長尺も少しも苦にならなかった。
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近年の『戦火の馬』『リンカーン』をはじめ、
スピルバーグ監督は兼ねてから、国や人種の違いを
越えて人と人とを結び付けるものを描いてきたと思う。

敵国スパイに対しても弁護を全うしようとするドノヴァン。
それは彼が四角四面な人間だからという訳ではない。
ドノヴァンにとって憲法とは、
あらゆる人種・思想・異文化をひとつに
結び付けるアメリカ合衆国そのものであり、
例え相手が何者だろうとそれを蔑(ないがし)ろ
にしない事こそが彼の愛国心であり正義なのである。

国を隔てる橋の上で、
アベルの身を案じて最後まで立っていたドノヴァン。
アベルは、危険を顧みずに自分を護り続ける
ドノヴァンを不屈の男(standing man)と呼んだ。
何者も正当に裁かれるべきであるという固い信念、
敵国とはいえ祖国を決して裏切らなかった男への、
そして芸術を愛する1人の男への敬意と友情。
真っ当な人間同士として相手に接する心。
敵国同士をつなぐ架け橋は、彼自身の心根にこそあった。
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以上。
キャストの平均年齢はずいぶん高いけど(笑)、良作!
新年早々幸先良し。大満足の4.0判定で。

<2016.01.09鑑賞>

余談:
マーク・ライアンスについて触れるのを
忘れていたので追記。ソ連人スパイ・
アベルを演じた彼の演技は絶品だった。
ほとんど表情を動かさず、感情的なセリフも
吐かないのに、眼鏡を外して「気をつけろよ」
と繰り返すだけで、どうしてこんなに
彼の熱い心が伝わるのか? 見事でした。

浮遊きびなご