「まだ紳士的だった冷戦。スピルバーグ版『大いなる幻影』」ブリッジ・オブ・スパイ りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
まだ紳士的だった冷戦。スピルバーグ版『大いなる幻影』
米ソ冷戦下での米国の交渉術・処世術をいまごろ見せられてもちょっと困るなぁと思いつつ鑑賞したスピルバーグ監督の新作『ブリッジ・オブ・スパイ』。観終わっての感想は、これはスピルバーグ版『大いなる幻影』ではありますまいか。ジャン・ルノワールのあの映画では、第一次大戦では敵同士であってもまだ紳士的だったといっていた。この映画でも、その雰囲気が漂ってきていました。
映画は二部構成。
第一部は、ソ連のスパイ容疑で逮捕されたルドルフ・アベルをトム・ハンクス扮演のジェームズ・ドノバンが、米国憲法の人権擁護の理念に沿って弁護するというもの。
第二部は、ソ連偵察中に囚われた米国軍パイロットと、ベルリン封鎖の際に東ドイツに拘束された米国人学生をあわせて、ルドルフ・アベルと交換するという、とてつもない交渉を東ベルリンでドノバンが行うというもの。
スピルバーグの演出は、少々もったりしているともいえるほど、重厚に構えていて、それでいてスリリング。
コーエン兄弟が一枚かんだ脚本のシニカルな笑い息抜きにして進めるだけの余裕も感じます。
素晴らしいのは冒頭。
アベルのスパイ活動と、保険の交渉をおこなっているドノバンとをカットバックでみせるあたり、語り口が上手く、ここで映画への期待感が増します。
トム・ハンクスも上手いが、無口で、風采の上がらない、冴えない初老男にしかみえないアベル役のマーク・ライランスが、すこぶる良い。そして、彼らはそれぞれ米国を信じ、ソ連に忠誠を尽くして、国を裏切ろうとはしない。
そこに、紳士的なもの、ふたりの間に友情に近い気持ちが芽生えるわけです。
しかし、冷戦下はまだ紳士的だったとはいえ、結末の橋の上で交換されたアベルの行く末を見つめるドノバンの遠景ショットには、「敵は敵、信用すべきものではない」とも暗示されており、かなり苦い味わいでもある。