「悲劇の夜、喜劇の昼」カニバイシュ 文字読みさんの映画レビュー(感想・評価)
悲劇の夜、喜劇の昼
1988年。マノエル・ド・オリベイラ監督。美しい貴族の女性マルガリータはある舞踏会で評判の美男子である子爵と相思相愛であることを確認。一気に結婚へと進むが、初夜の床で思いもかけない告白をされて衝撃を受け、、、という話。セリフはすべて歌、語り部の舞台回しとヴァイオリン弾きがそのままでてきて、オペラであることを表明しながら進む。
ヨーロッパ系の言語圏では、ポルトガル語の原題が「人食い人種」のことだとなんとなくわかるだろうから、子爵こそが人食い人種ではないかという疑いで見進めてどんでん返しを食らうのだろう。しかし、そうでない言語圏では、物語が明らかになる最後にならなければ人食いの主題は明示的には出てこないので、人間ではない感じがする子爵はアンデッド(ゾンビ的な)ではないかと疑いながら見るのではないか。それでもどんでん返しではあるのだが。しかしすごいのは子爵の正体だけではない。
まず、前半、謎の悩みを抱えた男と令嬢との恋愛の重々しい描き方がすごい。周囲が浮かれて踊っているだけに、二人だけに重力があるかのよう。しかも多様な遠近法を駆使した描き方が美しいのだ。悩みの正体がわからいので謎はどんどん深まっていくのだが、それが人間的な苦悩とでもいうもののように見えてくるのもすごい。前半シーンがすべて夜というのも、悲劇的な雰囲気を盛り上げている。そして謎の正体が判明すると同時に悲劇的なクライマックスとなるのだが、その後、令嬢の父と兄たちが前面に出てくると、話は一転して喜劇的に。確かに悲劇が起きたはずなのに、金に目がくらんだ彼らが人間性を失っていく様子は文字通り動物として描かれるし、楽屋落ち的に死んだはずの人間も生き返って踊り出す。物語のフィクション性をことさら強調したおふざけな終わり方。これぞカーニバル。そして、これらの後半シーンはすべて朝の光の下で進行している。悲劇の夜、喜劇の朝。