64 ロクヨン 後編のレビュー・感想・評価
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失速するも
前編のドキドキ感を保ちつつ同日に観賞。作品の持つテンションは維持され、深く深く入り込みます。被害者、加害者、家族、警察、記者、様々な思惑が交錯されたなか主人公だけが熱くも冷静に立ち居振る舞う。震えますね。
しかし、後編はかなり残念な部分が出てきました。焦点は被害者、加害者に絞り混んでも良かったのでは?前編の始末はあるけど、記者たちの下りは、あの中途半端さなら必要ない。警察内部の事についても描ききれないなら不要。被害者、加害者とその関係者たちで重厚に回していってほしかったな。最後の詰めも甘すぎて、これじゃ釈放されちゃうんでは?と心配。
ただ、この事件で、主人公含め不幸な人達が一歩前に歩き出したのは希望的でうっすら涙が滲みました。前後編ともに見応えある作品で満足です。
なんかカット割りがおかしくないですか?
期待が高すぎた?後半はちょっと残念感が・
評価は分かれそう
最後まで緊張感のある出来映え
原作は未読だが、原作者の横山秀夫&主演の佐藤浩市への信頼感があり、迷わず前後編を観た。
期待に違わぬ出来映えだった。
年を越して、1ヶ月も経たぬ間に終わってしまった昭和64年。
天皇の崩御、元号の変更という、日本にとっての大事が進行していく中で起きた、少女の誘拐殺人事件。
犯人が逮捕されぬまま、時効まであと1年という時期に起きた、数々の出来事。
衝撃の店外で終わった前編に続く後編。
通称「ロクヨン」の、あの忌まわしき事件を模倣したと思われる、女子誘拐事件。
犯人の意図は何か?
県警の広報官・三上を演じた佐藤浩市が、まさに鬼気迫る演技を見せる。
自らも娘が失踪し、刑事としても「ロクヨン」の犯人を捕らえられなかったことを悔やみ、広報官として警察組織と報道機関との板挟みに苦しむ。
「ロクヨン」で愛娘を失い、妻にも先立たれた男・雨宮を演じた永瀬正敏も、素晴らしい演技だった。
すべてを失ってもなお、日常を生き続ける男。
彼は何を思い、生きてきたのか。
ラストに明かされる真相には、本当に驚いた。
本作に登場する人々はみな、何かに苦しみ、自分を傷つけ、周りを傷つけながら生きている。
後悔、自責、怒り、悲しみ…
それでもなお、人は生きる。
エンドロールに流れる主題歌、小田和正『風は止んだ』が心にしみる。
いい映画観たなぁ。
素晴らしい映画化。
横山秀夫の原作を瀬々敬久監督が映画化。
NHKのドラマとはまた違うアプローチで、あれはあれ、これはこれで、ともにクオリティの高い作品に仕上がった。
14年前の誘拐事件の犯人が誰とか、今回の模倣犯の犯人が、とか、そういうことは物語のメインではあるけれど芯ではない。
芯は、娘がいなくなったあとの父親の気持ち、そこにフォーカスを当てている。
横山秀夫の原作もドラマ版も、ここまできっちりとはやっていなかったような気がする。
娘が行方不明の三上広報官(佐藤浩市)、誘拐事件の被害者の父 雨宮(永瀬正敏)、模倣犯の被害者の父 目崎(緒形直人)。
このテーマを推し進めると、後編の見どころだったはずの捜査二課長(柄本佑)が何回も往復させられるシーンなどは削らざるをえない。
これはセリフで聞きたかったところだが、松岡(三浦友和)は、会う人ごとに「おまえは64の犯人か」と目で問い質していた。映画では松岡のそういう述懐はなかったが、松岡が初めて64の犯人に会うシーンは印象的に演出されている。三浦友和の目が確かに「おまえは64の犯人か」と問い質していた。これは原作を読んだ人へのごほうびみたいなものだ。
原作とはラストが違うという触れ込みだったが、違うというよりは追加したという感じである。それぞれの人物がそれぞれのケリをつけた。これはよしである。
「ソロモンの偽証」もそうだったが、ひとりの作家が命を削るようにして紡いだ物語を映画化するとき、映画人も本気でことにあたる。
こういう映画が増えれば、日本映画は、もっと豊かになると思う。
前編、後編ともとてもよかったです! 子供が親に対する思い 親が子供...
う〜ん(ー ー;)
スッキリ
前編のほうがよかった…かも
「映画史に残る傑作」というのは言い過ぎ
まあまあ
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