「後味良くないけど重い作品」ヒメアノ~ル mastysさんの映画レビュー(感想・評価)
後味良くないけど重い作品
古谷実原作は読んでないまま見に行きました。
なんて言うか、重く残る作品でした。
時間を追うごとに怖くなり、最後の最後で考えさせられる展開だったので、鑑賞直後の今は頭がまだ整理できてない。
他のレビューにもあるけど、やっぱりこの作品の成否を決定付けたのは森田剛の演技だろう。
濱田岳のそれがあるから尚引き立つところではあるが、あの「同じ世界に居ない感」が物凄い。
同じ日本の同じ街中で、あそこまで常識からかけ離れた価値観を持った人間が居ると想像するだけで怖い。
日本社会でのコンセンサスが全く通用しない。常人から見たら理解不能な行動。罪の意識というものはどこに行った?というような振る舞いの数々を見ると、いかに我々が、常識という相互理解の上で生活してるのか、またそれがなければどうなるのかなどと考えてないことを突きつけられる人物像を、しっかりと描き、演じ、表現していた気がする。
森田剛の、あの軽さがそういった別世界感を助長させていたと思う。あくまで森田は日常生活とそこまで乖離していない認識で凶行に及んでいたんだ、と思わせるのは、演技力のなせる技なのか、個性が光った結果なのかはわからないが、それでもあの役はハマりどころなのかも?
濱田岳もハマり役。気の弱い若者役やらせたら一品ですね。
設定にはやや非合理感があるけども、無茶振りされたりイラッとした時の表情がいい。日常にありえるうろたえ方や、機嫌悪くなった時の表情がごく自然に出ている。やっぱり目の使い方が良いね。
さて、ここからがネタバレゾーン。
この映画、他のレビューと私の見解はそこそこ違う気がする。
主人公の森田が世界に絶望し、未来を見なくなった底辺の人間だというのはおそらく共通の認識かと思うが、その森田が連続殺人に手を染めていく過程も、その原因も、実はそこまで理由のあるものではないんではないか、と思うわけです。
いろんなメッセージが文脈の中に散りばめられてるから分かりづらいけど、苛烈なイジメが根底にあるのは間違いないと思う。そこで人間全体に対する失望と憎悪があったりするのかな?と。
あと、岡田の事を覚えてないってのは嘘でしょうね。安藤さんの事を見てたって事とか、最後の回想シーンから察しても、岡田への思いは根強く森田の中にはあったんだろうから、裏切られた事を忘れるなんてあり得ない。自分が崩壊した事件の関係者なのに。
映画の中では、森田と同じように虐められていた同級生も出てくる。その男は(森田に過去のことで脅されているのを除けば)平凡に生きていたわけで、森田が壊れた正当性を否定する材料になると思う。
そう考えると森田が壊れたのは森田個人の問題であるという作者の意図があるんではないか?
森田の行動は衝動的で、岡田への殺意も、結局は羨望や嫉妬なのではないか、と考える。同じ底辺だと言った(これはイジメに加担したことを暗に揶揄したのかも知れない)岡田が、人並みに恋愛し快楽を享受している事が許せなかったのかも。
森田が怖いのは、単に暴力的だからではないと思う。このまま捕まったら死刑になるとか、岡田の住所を割り出そうとする辺りは、思考能力が欠落しているわけじゃないことを示唆する材料と考えれば、
正常な思考能力がありつつも、自分の欲望をセーブしない(出来ないわけでなく)
という、一般社会で生きている我々には全く理解できない思考回路で行動する狂気が恐怖の対象なのではないか。
また、そういう風に捉えられる作り方をしている事がやはりこの映画の凄さではないかと思う。
最後のシーンで、犬を避けて事故ったところで、私は怖くなった。森田が興奮してたり命そのものを軽視していたのなら収まりがつきやすいのに、避けたことで、「犬の命>人間の命」であるように受け止めたからだ。
彼の中で、人間に価値を見出してないという表現に見えて、すごく怖かった。
もしかしたら、あの犬が、昔飼ってた犬に似てたのが原因か…?と思ったりもした。その場合、昔の記憶の中にしか良い思い出がないということで、それはまたそれで救いのない結末だなとも思って心が重くなるが…。
社会の枠組みから外れ、もはや底辺ですらない人間の怖さをまざまざと見せられて、絶望感いっぱいで劇場を出たが、まだ1日経っても気持ちが晴れない。
映画の出来は間違いなく良い。まぁ賛否が分かれたり嫌悪する人がいても全く異論はないが、あれだけ真っ当に気持ちの悪い映画は久しぶりに見ました。
こんなのが作られるほど日本映画はレベルアップしたんだなぁと感動しております。