「吉田恵輔の、「恐怖」、ふたたび。」ヒメアノ~ル しんざんさんの映画レビュー(感想・評価)
吉田恵輔の、「恐怖」、ふたたび。
吉田恵輔。
その作品群に共通するのは、「自分の事ではない、と信じている、思い込んでいる、見たくないと思っている「闇」を明るく残酷に描写した作品であるということ。直近作「銀の匙」をやとわれ、するならば、その彼がいよいよ帰ってきた。
ただし、その表現は昨今の「告白」「渇き。」「アイアムアヒーロー」などの、「R15」映画のジャンルにあたる「直接的」描写を売りとしたものだった。果たして、彼は帰ってきたのか。
「ヒメノア~ル」
原作未読。
濱田岳演じる岡田が主人公かと思えば、実は、ムロツヨシ、三津川愛美、森田剛、のメイン3人のキャラをつなぐ狂言回しの役割。
それぞれが「底辺」の歩んできた道、考え方、行動心理を濱田を通して描かれる。
本作のテーマにいじめ、ストーカー防止、はもちろんあるが、吉田恵輔からすると、「底辺」のさまざまな「生き様」を3人それぞれイタイ部分を見せつつ、ムロ、三津川が濱田を通して「救われる」という風に描くと同時に、「それでも」救われない森田を描こうとしている。
これまでの一貫したテーマでもある、俺たちの、普段何気なくも、でも持っている「底辺」意識のこわさ、痛さ、救えなさがここでも容赦なく見せつけてくる。
濱田の、森田との初めてのシーンでは、森田の普通っぽさゆえ、ムロの疑念は「妄想」に俺たちも見える。(このシーン、ラストの事情からすると、ちょっと不自然ではあるけど)。前半の時点では、明らかにムロは笑わせるが、「怖い存在」として見せる。ムロのほうが何かやってしまうのでは、という恐怖心を芽生えさせる。だが、これは意図的で、後半の森田と対比し、「底辺」の生き様の「分岐」としてムロは描かれる。
ムロツヨシは、妄想し、仲間に迷惑をかけ、仲間に勝手にキレる「底辺」のくそ野郎だ。漫画チックだが、笑わせるのだが、同時に恐ろしい。
だがその彼は、社会人としておかしい無断欠勤、奇抜な髪形、を経て「トモダチを思う」人間に変わる。「ちょっとだけ」前に進んだ人間になるのだ。
だが、その時、ちょうど、森田と対峙する。
この流れがちょっとあっさりで、「救えない」森田と「救われた」ムロの対比に気付きにくい。そこは残念。
吉田監督としては、若干ベタだが、まあ三津川のほうは、かわいいけれど、ベッドではあるある、的に、童貞男として「みたくない」一面を見せるぐらいでしかないのだけれど、こちらも、ムロの「妄想する」「運命の人」というには、ちょっと、という童貞男の心を打ち破る。
一方、森田の異常さは序盤のたばこの喫煙を注意されたところから顕在化してくる。この流れはとてもよく、森田の本性が徐々にとんでもない方向に進み、元いじめられ仲間とその婚約者を巻き込み、これがいいサスペンスにもなっているのだが、いよいよ物語が加速していく。
演者は熱演。
だが、残酷描写や生々しいシーンが多すぎる。R15ではなく、R18にするべき。
パチンコ店の件、中盤の原作では深いかもしれないが、富裕層の家への侵入、三津川の家の隣人とのやり取り、などもっと削れるエピソードも多い。
北野映画に影響を受けている部分も多く、初期武が撮りそうな題材でもある。
だが、前半の「味」、演者の「間」はやっぱり吉田恵輔ならでは、だ。そこはやっぱり吉田恵輔映画ファンとしてはうれしい。
底辺であっても、「仲間」「恋人」がいれば、救われるのだ。
濱田は、森田は、友達に裏切られて「壊れた」と思いたい。そして友達との「いい思い出だけ」を思い出した森田。
恐怖演出とそのうらにある優しさ。
これこそ吉田恵輔。
追記
森田の恐ろしさを描くと同時に、一般人の、何気ない「うっかり行動」にも容赦ない。
モノにあたる森田を見て、電話で聞こえるように「変な奴がいる」と言ったせいで、尾行され、惨殺されるシーンなど、森田への恐怖以上に、「やってしまいそうなうっかり行為」をしてきたオレ達のほうが凍る。
追記2
ラストの、森田と濱田との絡みで、犬登場でハンドルを切る森田だが、「白い犬」を見てよけたのではなく、あれでは反射的によけたようにも見えるので、そこも惜しい。