ラ・ラ・ランドのレビュー・感想・評価
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人生は選択
二人の男女が出会い、お互いの夢を応援しながら、夢に向かって歩いていくストーリー。
人は欲張りだから、夢も愛も手に入れようとするけれど、実際それは無理な話で、何が一番大切かを選択し、他を手放しながら生きていく。
そんなことを感じた映画だった。
劇中、たくさんの魅力的な曲が溢れている。
映画を観る前から気に入っていた「アナザー・デイ・オブ・サン」、
劇中何度も流れて、その度に心動かされる「ミアとセバスチャンのテーマ」、
「シティ・オブ・スターズ」など、どれも素敵な曲だが、中でも圧巻だったと感じたのが、
ミアがオーディションで歌う「ザ・フールズ・フー・ドリーム」。
私はあのシーンで泣きました。
何はともあれ。
もう一度観たくなるような、そんな味わい深い映画。
映画館で8回観た 観れば観るほど、また観たくなる 夢見た一年 何に...
映画館で8回観た
観れば観るほど、また観たくなる
夢見た一年
何にも変えられないかけがえのない一年
大切なものって、今存在すること、それだけではない
いつでもどこにいても
感謝している
応援している
心で繋がっている
今は別々だけど幸せにくらしている
できることはありがとうって思うこと
でも信じている
相手の幸せを心から願っている
夢見た一年
これ以上ないくらい素敵に表現していました
観れば観るほどハッピーエンド
あんなに素敵な宝物があるのだもの
爽やかな映画
romantic💕
大学のテスト終わりに一人で滑り込みでみました!笑
あんまり興味はなかったけど皆がいい映画だと言ってたから時間も丁度良かったしララランドにした~✨
観たら凄い惹き付けられる映画で、歌と踊りもマッチしていてとっても良くて、ロマンティックで素敵な儚い恋の話でした。
夢を諦めず追いかける勇気をもらえる映画でもある!
自分もあんな素敵な恋がしたい!笑
興味なかったとか言ってた自分を殴りたい笑笑
3月15日にいとぅーとも2回目IMAXで観る~!
ワンピース、ワンピース❗
ワンピース好きな人間にとってワクワクするコスチューム世界❗そして、ピアノマンのセバスチャンは最初から最後まで素敵でした。音楽は嫌いでないどころかとても好き。
でも映画として何が自分にとってダメで受け入れられないんだろう?それが言葉にできなくてとても残念。
夢を追う二人の物語。 男は一時夢を諦めて商業的な成功を収め、女は夢...
夢を追う二人の物語。
男は一時夢を諦めて商業的な成功を収め、女は夢を追い続けて挫折を味わいながらも二人は一緒に暮らしている。
しかし、お互いが夢に向かって奮闘し叶えた代わりに二人は別々の道を歩むこととなる。
最後のミュージカルシーンではもし二人が一緒に夢に向かって奮闘し別れずに一緒に暮らしていけたら、を美しく描いている。それまで現実だった二人の暮らしが夢として描かれるのが幻想的で、また幻想的であるがゆえに常に心のどこかに寂しさを感じさせるもので印象的だった。
アカデミー作品賞は取れなかったが十分に見応えのある映画だった。
久々のトキメキ
見終わったあと、この感じ久しぶりだと思った。
映画のおかげでウキウキが寝るまで続くような、誰かに話したくて、ステキシーンが頭でグルグルするような感じ。
ジャズってあまり好きじゃなくて冒頭シーンも「カメラ動きすぎて見づらい…」とか思ってたけど、やっぱり監督賞!すばらしい!!
とにかくハッピーに終わらないで、ハッピーな空想を描く画面と、現実を知ってる観客の切ない心がぶつかり合うようなラストがすごい。
ララランド2回鑑賞しました。帰りは車の中で、ユーチューブでサントラ...
ララランド2回鑑賞しました。帰りは車の中で、ユーチューブでサントラを流し帰宅しました。
ただラスト何故!!2人が結婚すればいいのに何故そうなった!!そこがなんだかもやもやします。ライアンゴズリンスが好みではなかったのですが、観終わった頃にはファンになっていました。ピアノを弾いてる姿がセクシー!!!
可もなく不可もなく。
公開初日に見ていたのですが、どうにもレビューを書く気になれませんでした。あまり、大きな感動を味わえなかったからです。そうかといって、くそみそに批判する気にもなれず・・・。
冒頭の場面で私は呆気に取られました。暗い・・・。余りに暗い・・・。暗くて、踊っている人物の表情が読み取れないのです。屋外で撮影されているため、太陽の光と逆光になっていて、登場人物の顔が一様に暗いのです。これは明らかに計算外の出来事でしょう。ここで出鼻を挫かれた私は、これ以降、映画に乗ることができませんでした。音楽もさほど魅力的なものでもないようでした。今、音楽全体が往年の力を失っているので、この映画に限った話ではないのですが。(今、現在、メロディが飽和状態になっていて、新鮮な曲を書くことが、物理的にできないのです。CDの売り上げが惨憺たる状況になっているのが、その証左です)
最後の二〇分くらいは、いかにも映画的魔術に満ちた味わいがあって、この部分は高く評価できます。しかし、ストーリー全体は如何にもありきたり、まぁ、ミュージカルなのですから、多くを求めるのは筋違いなのかもしれませんが・・・。
◇映画『LA LA LANDラ・ラ・ランド』(2016年米/デイミアン・チャゼル監督作品)評
-人はこのミュージカル映画にかつてのMGM映画の残像を確認すると共に、疲弊したハリウッドの再生を賭けた映画の構造体系を極める為の記号への視線を教育の一環として挙行せねばならぬ事を人生に深く関わる問題として、熟読玩味せねばならぬ-
カリフォルニアのハイウェイに於ける交通渋滞の、群集よりも車体に官能的響きを持たせる長廻しの秀逸なミュージカル場面に、先ず魅せられる。これとシンクロするかの如く最後に繰り広げられる群集の乱舞には、映画が複数の特権を強いるべく民族の坩堝を纏うモブ・シーンが展開される。
間=テクストとしての映画『理由なき反抗』の徹底したジェームス・ディーンの画面を排除した天文台の場面への固執と再現には、現代的風土を醸すトポスの空間への依拠が伺えプラネタリウム内で天空に二人が舞う時の、星の数々がハリウッド映画史だけでなく世界映画史に煌めく霊魂の根源を恰も代替させているかのようだ。そこにはジェームス・ディーンは勿論の事、この映画の監督であるニコラス・レイへの奉呈の意も含有されていよう。それは映画が、感傷を排した生き物である事の証でもあるのだ。
そしてかの名作『巴里のアメリカ人』の最期を想起させるベル・エポックのアメリカ版かと見紛う主役二人の回想場面には、悲劇と喜劇が混在したノスタルジアとは一線を画す心地良い叙事詩が奏でられ、観る者はそこに時間軸が後退する差異の激減した中庸の聖域を獲得するだろう。
日常的空間を反復させる事で実にしなやかなテクスチャを示唆する映像の構築化には、リアリズムが虚構と衝突する時に一触即発する光とそれが及ぼす影の感性が存在と無の領域で栄える時、映画は普遍性に満ちたMGM映画への傾倒を装いながら、実は散文性を操る時間の遡行を行使させる監督自身のワールドワイドな視界が冴えるフィクションの現実を、無闇にも露とするのだ。それは映画史に更なる一頁を企てる、冒険心に富んだ映画のナラトロジーの露呈でもあろう。
以上、中庸とナラトロジーが微妙な差異を伴いながら同時進行するこの映画の構造体系には、魂を超越する為の物語の力学として光と影の交錯する夜景が活きる要素が、もう一つの説話的磁場に引き付けられる脈動の軌跡を辿らなければならぬ。それは映画がクロニクルから逸脱する時の、極めて明瞭なる時制の変容であろう。ここでは時間の歪曲が、倒錯的に映画の聡明化に貢献しているのだ。
映画を活性化させる速度と運動性が画面を実に即物的に横断する時の、冷徹な批評性さえ漂う前半から、後半では時制にズレを伴う事で実にドライな視点を与える。そこにはルルーシュが試行錯誤し、クェンティン・タランティーノが蘇生させた意匠を借りた映画的制度の旧弊さを払拭する追想性さえをも放逐する、まさに時制の特権化が認められるのだ。
またリアリズムが触発させる均衡への遮断が、映画から御都合主義を排した不均衡への傾斜を確認する時、そこには画面を斜めに横切る下り、或いは上りの坂の存在が確認される。
主役二人が丘の上から街の夜景を望みその闇の色である青に溶け込むかのように歌い踊る場面には、先述のミネリ作品に於けるセーヌ河沿いでのジーン・ケリーとレスリー・キャロンとのそれをシネマの記憶装置から抽出する原色の乱舞は、まさに映画の叙事性の何たるかを示唆し、比較的広いトポスに於ける大道に人生観を語らせる登り坂の途中で行使されるのも、この映画が水平と傾斜の構図で道を捉える時、その背景に映画館や映画の撮影現場を認める事で映画の構造主義を、『理由なき反抗』とは別の意味での間=テクスト性を纏う事になる。それはまさに映画の生産と流通、そして消費の仕組みを実に端的に示すのだ。ここに『雨に唄えば』の痕跡を認める時のハリウッド神話に亀裂を催すのが、背景に寄せる壁の存在である。
画面の人物の背後で息づくその背景が、ゴダールが一際愛した壁として人物を抑圧的に囲繞する際の隔絶感を、作者はポップアートの意匠をそこに塗り込む事で同時代の風土を滲ませる事に成功している。
このようにこの映画の坂や壁や映画館等を背景に満たす事が、その手前に位置する人間の心と消費社会の中に唯物的メカニズムを表象させるのも、ほぼ原色で統一された過去のミュージカル映画史の即物的描写の一場面を、実に簡素に機能しているのだ。
前半の長廻しによるカメラワークが映画の韻文性を誇示するのは、ミュージカル映画の宿命的説話の敷衍でもあるのだが、後半の時制が大胆にも遡行する時に、映画は図らずも夢と現実の淡い領域が映画の散文性を露呈させてしまう。
それはこの映画が夢のひと時である事を観る者に訴求するミュージカルの特性の披瀝でもあり、映画におけるイメージ場面がメタの聖域で不覚にも捉えられる時、ポスト・モダンの意匠としてミュージカル映画のいかにも現代的視線の獲得を謳歌する刷新性が如実に表された、これは他者化した視点を兼ね備えた観る者に他者性を強いる、極めて特異なミュージカル映画として記憶されるべきであろう佳作である。
そして人はこのミュージカル映画にかつてのMGM映画の残像を確認すると共に、疲弊したハリウッドの再生を賭けた映画の構造体系を極める為の新たなる記号への視線を教育の一環として装置化せねばならぬ事を、人生に深く関わる問題として熟読玩味せねばならぬのだ。
(了)
夢追い人のためのterrific movie
間違いなく今まで見てきた映画の中でも10本の指には入るでしょう。
夢追い人のための夢追い人の映画だと思います. 特に、4月から新天地という若者には是非勧めたい作品です.
ミュージカル映画が嫌いな自分でさえ、好きになれました。ミュージカル要素はそこまでないので、ミュージカル苦手な方でも全く問題なし!なんといっても、ジャズが素晴らしい!!
鑑賞後、セブのことを思ったら泣いてしまいました。
(ただ、周りが泣いていなかったので派手に泣くことができなかったのが心残りです。)
辛いが、これが現実なんだろうな、と。
鑑賞後は空しさが残るでしょうが、またそこが良い!!
見に行くことを躊躇ってる方には是非、見に行くことを強くお勧めします。個人的にはぜひ続編を出して欲しいですね。作品賞を取ってほしかった…
(レビューはあくまで個人的な意見ですので、ご了承ください。また、アベックで見に行くことはあまりお勧め出来ません。)
City of stars... 一昔前のミュージカル映画のアップデート
普通に面白かったです。同監督の「セッション」程の衝撃はなかったですが、一昔前のミュージカル映画を現代版にアップデートしている感じですね。ま、この手の映画は苦手な人も多いでしょうけど、昔の映画を知っている人には懐かしく、知らない人には新しく感じられたのではないでしょうか?そりゃ、アカデミー賞も取るわ。っというか狙い過ぎててちょっとあざとい印象も受けました。
デイミアン・チャゼル監督って器用なんでしょうね。「セッション」での監督、「10クローバーフィールド・レーン」での脚本、そして今作と色々系統が違う作品を作ってて、手数が豊富な印象を受けます。次代を継ぐ監督として注目株です。
エマ・ストーンがいい女優になってきてますね!「アメイジング・スパイダーマン」の時は単なる可愛い子だったのが、「バードマン」でインパクトある演技をえて、今作品でアカデミー賞!!今後も期待できる女優さんです。
ライアン・ゴズリングはピアノを特訓して全てのシーンを自分で弾いてるらしいです。普通にスゴい!ライアン・ゴズリングにもアカデミー賞あげて良かったのでは?
ミュージカル嫌いな人でなければ楽しめる娯楽作品。突飛なストーリーはないですけど、ある意味手堅い作りです。純粋に昔ながらの映画っぽい映画を観たい時には打ってつけではないでしょうか?
おもんない、、
前評判から期待値が高すぎたのか。
ダラダラと続く単調なストーリー、どこが盛り上がりどころなのかも分からない。
一緒に観に行った友人は良かったと言っていたが、正直眠かった。。
なるべく先入観なく鑑賞したいので、レビューはあまり見ないようにしてきたが、次回からはチェックして行ったほうがいいと痛感した。
まぁ、冒頭のミュージカルシーンなんかは目で見て楽しめるとは思ったけど。、
アメリカ人と日本人の感性は違うなぁと思った。
『セッション』より断然いい
冒頭、ハイウェイのミュージカルシーンがハイライトなのは、現実から映画への鮮やかな移行だけでなく、ふとした瞬間に名も知らぬ誰かが、どうしようもなく輝いてみえるという、ハリウッドの古きよき伝統に実直だから。あり得たかもしれない人生に思いを馳せるラストは、『ホーリー・モーターズ』的でもある。長回し、パンなどのカメラワークが抜群。『セッション』から嫌みが抜けて、洗練された手管だけ残ったという僥倖。
最高でした✨
ファーストデイということもあって、かなりの混雑でした💦
感想は、本当に最高でした✨笑って、泣けて、元気がもらえました❗
ハッピーエンドかどうかは観る人によって感じ方が違うと思いますが、私はあれで良かったと思います✨
サントラ、Blu-ray、両方とも買います(笑)
駄作
「イラっとする」というのが正直な印象。
なぜレビューがこれほど高いのか理解できない。
良かったと思えたのは、ジャズの演奏とダンス。
以上だ。
夢老い人のジャズピアニストになりたい男セバスチアンと、女優になりたい女ミアが出逢う。ジャズピアニストを目指すはずだったセバスチアンがポップス寄りになり商業主義になったことをきっかけに、二人の距離は離れていく。演劇に挫折して故郷に帰ったミアを、セバスチアンが迎えに来てくれる--。
ここまではよかった。
さあ、この後どうなるのか。
固唾をのむような思いで展開を観ていたが、お粗末な展開に辟易した。
ミアは女優として大成功。別の男と結婚して、子供もいて幸せ。
セバスチアンはジャズの店を出店し繁盛している。
二人ともそれぞれの夢を叶えた。
たまたまミアが旦那と出かけた際、セバスチアンの店を見つけて入る。セバスチアンの演奏を聴いている間に、昔のことが思い出されて、もしこの人と結婚していたら、なんて思いが膨らんだ--。
でも、それも夢みたいなもの。じゃあね。元気でね。終わり。
(これ、映画にするほどの話だろうか?)
百歩譲って男のほうはいい。ロマンチストであり、引きずるのが男の性である。ミアと昔、話したことのある名前を店につけるところなんて、丁度いい感じに女々しい。
しかし女の方はどうだ。
子供がいる身でありながら、元彼との思い出に旦那を帯同させた上でどっぷりと浸れる神経が分からない。
生きていれば魂を揺さぶられるほどの恋もするだろう。
そんなもの、結婚してからいちいち回想していては身がもたない。
女性として、ミアに対する共感は全くなかった。
ミアのつぶやくような歌い方にもいらいらした。
歌詞はよかった。曲調もよかった。
それだけになぜ、こんなにすっきりしないのだろうと疑念が残る。
「悲哀に満ちた感じ」が好きな方は好きなのだろうが、私のような気の短いタイプの人は神経を逆なでされること請け合いだ。
歌とダンスだけを楽しむという気持ちで行くならばいいのかもしれない。
周囲に座っていたカップルたち、きっとラブストーリー(そしてハッピーエンド)だと思って来場されていたのだろう。
映画が終わった後の、彼らの気まずそうな表情といったらなかった。
一人で観に来た私がいたたまれなくなるような雰囲気である。
彼女と観に行こうかな、と思っているなら、考え直したほうがいい。
要は、男と女が別れる話である。
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