劇場公開日 2015年11月21日

  • 予告編を見る

「寓意に満ちた虐げられた者たちの物語」ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ) りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)

4.0寓意に満ちた虐げられた者たちの物語

2015年11月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

身勝手な人間たちによって虐げられた犬たちが叛乱を起こすという物語は、1970年代に流行した動物パニック映画のような雰囲気。
映画の売り方もそんな感じなんだけれど、観ると印象は甚だ異なりました。

ヨーロッパのある街のハナシ。
少女リリは、母親が現在の夫と3週間の海外旅行に出るということから、飼い犬のハーゲンとともに、離婚して父親のもとに引き取られる。
街の条例により、飼い犬のうち雑種犬については税金が課せられており、一時預かりといえども、その税金は払わなければならない。
父のダニエルは、別れた妻が飼っている犬に対する税金など払いたくない、また一緒に暮らしたくないという理由からハーゲンを路上に置いてけぼりにしてしまう。
ホームレスに見つけられたハーゲンは、その後、闘犬ブローカーの手に渡り、過酷な生き方を強いられるようになる・・・というハナシ。

その後、野犬収容所に収容されたハーゲンが、仲間の野犬たちとともに人間に対して叛乱を起こしていくのだが、いわゆる動物パニック映画という雰囲気からはほど遠い。
たしかに物語は、その手の映画のものなのだけれど、散りばめられたエピソードがキリスト教的寓話イメージを増強させていく。

ここでいうキリスト教的寓話とは「出エジプト記」。
ハーゲンの役割はモーセである。
そして、犬たちの叛乱を鎮める少女リリは、キリストであろう。
だから、映画のタイトル「ホワイト・ゴッド」はキリストを指しているのだろう。
(原題「FEHER ISTEN」はハンガリー語で、白い神の意味)

映画の散りばめられた寓話イメージを読み解くと・・・

野犬収容所の入り口が溜まった水たまり、これは出エジプト記に登場する紅海。
『十戒』で左右に割れたあの海。

収容所の犬たちは虐げられたユダヤの民。
ハーゲンは、闘犬ブローカーに虐げられるなかで能力を向上させて、犬たちの指導者になる。
犬たちは滅多やたらに暴れるのではなく、ハーゲンの統率のもと、ハーゲンを虐待した者たちの復讐が第一目的。
闘う指導者のモーセの姿を髣髴とさせる。

これに対してリリは、愛(他人への理解)を説くキリストのイメージ。

トランペットを吹き、音楽を奏でる。
この音楽は愛の象徴だろうし、年長者のパーティに紛れ込んでドラッグ所持で捕まるのは誘惑に駆られる山上の垂訓のイメージだろう。

とすると、父のダニエルが元教授の食肉検査員というのも何か意味がありそう。
肉食を禁じたユダヤ教での、食肉を検査するというのは、ある種の権威の象徴なのかもしれない。
それとも、屠畜する=他の生き物を殺して食べるということで、犬などの他の生き物よりも上、神を恐れない存在、というイメージなのかもしれない。

そのような暗喩的イメージを散りばめたストーリーを、手持ちカメラ中心の揺れ動く画面で進めていき、常に観ている側を不安な気持ちにさせる。
それがゆえに、叛乱を起こした犬たちが集団で駈けるさまを、固定のカメラで捉えた際は、神々しく見えてくるといった仕掛けも用意している。
当然、犬たちはCGではなく、実物。
その躍動感は凄まじい。

なるほど、カンヌで評価されたのも頷ける。

りゃんひさ