幸せをつかむ歌 : 映画評論・批評
2016年2月23日更新
2016年3月5日よりBunkamuraル・シネマ、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
家族の物語だけでなく、音楽映画としても見事に成立している
主演のメリル・ストリープはこの映画のためにニール・ヤングからギターの指導を受けたという。映画の冒頭から彼女はギターをバリバリと弾きまくる。もちろん本人の演奏である。バックバンドはリック・スプリングフィールド、バーニー・ウォーレルなど、アメリカ音楽の中でそれぞれの時代を作ってきた豪華メンバーだ。この映画は母と娘と家族の物語であるだけでなくミュージシャンの物語でもあるわけだから、最善のバンドメンバーも集めたい。そんな製作者たちの意思の表れでもあるだろう。
その豪華メンバーに臆することもなく、メリル・ストリープのギターが強く響く。意外なほどいい音だ。もちろん物語の中の彼女はベテランのミュージシャンだからそれくらいで当たり前なのだが、もはや俳優の「演技」を超えている。そのあたりがアメリカ映画の底力ということになるだろうか。家族の物語だけでなく、音楽映画としても見事に成立しているのだ。そしてそのことが家族の物語にも深くかかわってくる。
ミュージシャンとしての生活のため結果的に家庭を棄てることになって久しい彼女は、どこかでそれをあきらめきれない。社会のシステムは家庭をとるか音楽をとるか、どちらかなのだと彼女に迫るのだが、彼女は両方をとりたいのだ。もちろんそれがうまく行くはずもない。ただそれでもあきらめたくない。わたしは家庭も音楽もとりたいのだと、ある時ふと彼女は口にする。常に何かをあきらめよと迫る男たちに向かって、わたしは両手に花なのだと彼女がほほ笑むのである。このゴージャス感。うまく行かなくてもいい。あきらめることなく両方を求めようと踏み出す足の一歩一歩の中に幸福があり歌が生まれる。だから演技だけではなく演奏も本気なのである。ちなみにメリルの実の娘が映画の中でも娘役で出演。現実もフィクションも、この映画の中に同居している。
(樋口泰人)