「恋に異性も同性もあるものか」キャロル LukeRacewalkerさんの映画レビュー(感想・評価)
恋に異性も同性もあるものか
恵比寿ガーデンシネマにて、クリスマス時期に1週間のみの特別リバイバル上映。2015年に米・英・仏で、その翌年に日本で公開されたとあるが、当時、劇場で観ていない。
パトリシア・ハイスミスの原作だ。
ハイスミスの名は、ヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』にも登場する。
古本屋でハイスミスの短編集「11の物語」を買おうとする平山(演:役所広司)に、レジのおばさん(演:犬山イヌコ)が声を掛ける。
「パトリシア・ハイスミスは不安を描く天才だと思うわ。恐怖と不安は別の物だって、彼女から教わったのよ」
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映画の原作は1952年初版の"The Price of Salt"で、これが当時の原題。
ハイスミスは著名な『太陽がいっぱい』の原作者であり、サスペンス作家としてすでに評価を得ていたが、"The Price of Salt"を発表する時は当時まだスキャンダラスだった同性愛を描く物語だったため、クレア・モーガンという偽名で出版した。
後年、ハイスミスは、自身がレズビアンもしくはバイセクシャルであると公表しているらしい。
そして『キャロル』のタイトルの通り、ケイト・ブランシェット演じる上流階級の中年女性キャロル・エアードは夫とのあいだに娘をなしつつ、女性も愛するキャラクターとなっている。
この「キャロル」、作品のタイムラインでクリスマス時期であることと掛けている。
準主役、あるいはダブル主演と言ってもよいデパートの若い店員、テレーズ・べリベットをルーニー・マーラが演じた。
マーラは、『ウーマン・トーキング』(2023)で初めて観た。
閉ざされたコミュニティで虐げられ続けた女性たちの中の、穏やかで聡明な中年女性リーダーを演じていて、うわ、ちょっとオードリー・ヘップバーンに似た眼差しだな、とドキドキした覚えがある。
その後『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)を配信で視聴したが、こっちはクールでパンクな天才ハッカーを演じていて度肝を抜かれた。
カメレオン俳優だな。
この『キャロル』もマーラ目当てで配信で観ようと思っていながら忘れていたが、映画ドットコムのメールで限定上映を知り、駆けつけた。
うむ、やっぱりクラクラした。
これだけいい役者なのにそれほど大ブレークはしていないとは。
この二人を起用したキャスティングは素晴らしい。
もうキャロルはブランシェット以外には考えられないし、テレーズはマーラしかイメージできなくなってしまった。
もちろんこれしか観せられていないし、将来、別の俳優でリメイクされることはまずないだろうが。
全編に渡って揺れる二人の恋愛感情の表現は、驚くほど謙虚で控え目だ。1950年代前半という背景を踏まえているのだろうか。
それは小さな始まりから徐々に増幅し、やがて逃避行の果てにセックスシーンも出てくるが、あくまで品のあるトーンで表現されていると感じた。
原作~脚本~演出を貫く意志なのだろうけれど、やはりブランシェットとマーラの存在感が大きい。
品のある俳優は、人間の最も動物的な行為すら、尊く美しい官能として見せる。
悲嘆の末に離れ、再び接近していく二人の揺れが痛ましく愛おしい。
特に、調停で一粒種の娘の親権を放棄し(この調停シーンのブランシェットはすごい)、もう連絡を取らないと自分から宣言したのに、やがてテレーズの働くNYタイムスの前までタクシーで行ってしまい車の窓越しにテレーズを発見して、おろおろと目で追っていく姿には胸が締め付けられる。
恋に、異性も同性も関係ない。
人とつながるドキドキと喜びと哀しみがすべてだ、とこの作品は証明している。
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蛇足。
それだけ偉大なブランシェットが、2018年のカンヌで審査委員長を務め、パルム・ドールに選出した『万引き家族』のラストシーンでの安藤サクラの演技に関し、
「もし今後の私たちの俳優キャリアの中で、あのような泣き方をスクリーンで見せることがあれば、それは安藤サクラの真似をしたと思ってください」
とまで言っていたそうだ。そりゃやっぱりすごいね安藤さん。
