「ジャンルを、超えろ」ロマンス ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
ジャンルを、超えろ
「ふがいない僕は空を見た」などの作品で知られるタナダユキ監督が、6年振りの単独主演作となる大島優子を迎えて描く群像劇。
「百万円と苦虫女」に映画館で出会った時に感じた、違和感は未だに忘れる事が出来ない。当時、新進気鋭の女優として活躍を始めていた蒼井優を主演に迎えたドラマ。正直な話、それ以前の作品から蒼井の魅力に惚れ込んでおり、彼女目当てで飛び込んだ映画館。
そこで感じたのは、蒼井の女優としての個性よりも、作品のもつ知的な演出術の巧みさと、群像劇という曖昧、かつジャンルレスな枠組みが最も適する、現代的な物語の「あわい」である。ラブストーリーでもない、高尚な人間喜劇でもない、ただ「私を生きる」事に拘る女の格好良さ。美しさ。
その後、作り手は様々なテーマの作品を演出してきたが、原作の色を超えることなく、敢えて「職業監督」としての位置に徹してきた感がある。さて、本作はどうか。
箱根ロマンスカー。その非日常の空間を舞台に、日々を営む主人公。彼女に「突然」届いた、幼き頃に分かれた母からの手紙。困惑する彼女の前に「突然」現れた、胡散臭い映画プロデューサー。「突然」の二人の小さな旅。
偶発的な出来事を適切なタイミングで物語に挟み込み、観客の物語への想定を鮮やかに裏切る作り手の持ち味が遺憾なく発揮されるストーリー。舞台出身で、実に多彩な人間作りのカードを持つ大倉を起用したのは、決してコメディアンとしての道化役を持たせたのではない。
この不穏な、そしてジャンルレスなドラマにとって、役者としての色が固定された人間は似つかわしくない。笑顔一つで、ため息一つで、世界の色を自在に変える特異な俳優が、どうしても必要だった。興行を考えた上での起用であろう大島の一面的な個性をカバーするには、十分すぎる人選だろう。
自身の演出術への確信、興行への担保、そしてオリジナル作品に賭ける気迫。知的なクリエイターが、改めて「映画作家」として走り出す意思表示と言える一本だ。
作り手の物語に対する、確かなセンスを感じさせるのは終盤、映画プロデューサーが主人公に感情を吐露する一幕。ありきたりな過去を白状し、許しを請うプロデューサー。「ああ、ラブストーリーになってしまう」という緊張感、失望・・・に至る寸前に、あの華麗な手口で、曖昧な世界を再構築していく。この離れ業、誰にでもできるようで、結構高度な語りの技術が必要である。
「百万円と・・」以来のオリジナル作品となる本作で、やはり現代作品の常套句をひっくり返す違和感を見せつけてくれたタナダユキ。物語のスタンダードへの挑戦を、今度はどんなジャンルレスな演出で突き崩してくるか。
さあ、観客の予測を、想定を、華麗に超えてみろ。ジャンルを、超えろ。