「いい作品」あん R41さんの映画レビュー(感想・評価)
いい作品
「あん」が、まさかあのあんこだとは…
プロットはもちろん伏線の貼り方もよかった。
登場人物の背景すべてが見えるわけではないが、絞り込んだのは正解だったかもしれない。
高校へ行くかどうかわからいというワカナ
母とアパートで二人暮らし
寂しさ故に飼ったカナリアも、ペット禁止によって手放さなければならなくなった。
反抗期なのか、母とも少々ぎこちない。
彼女が他の同級生らと度々ドラ春で一緒になるが、特に親しいわけではない。
ワカナはそこに疎外感を持っているわけではなく、単純に寂しいだけなのかもしれない。話し相手が欲しいようだ。
そこに登場した吉井徳江は、ワカナにとってのおばあちゃんのような存在だったのだろう。
年代の離れた者同士の会話は、根本的な部分で明確なつながりを感じるのかもしれない。
「徳江さんと二人で月を見て、その三人で約束した」
この群像が、バス図書館で子供に絵本を読み聞かせるワカナだろう。
ワカナという重要人物が店長仙太郎と徳江をつなぐ役目を担う。
兄妹もいないしおそらく父もいない。
カナリアだけがお話相手 だからカナリアの声を聴く。
重要人物だが、彼女が持っている寂しさのようなものの要因は明確にされないが、中学生のごく一般的なことかもしれない。
吉井徳江
彼女のこぶのある手 曲がったままの指
昔はライ病と呼ばれたハンセン氏病
伝染病として隔離された時代 背景にある優生学
葬り去ろうとしたこの大事件をモチーフにしている。
彼らの願い 「私たちも陽の当たる社会で生きてみたい」
そんな彼女が週一回の散歩に出かけた先で見かけた仙太郎
どら焼きを焼く彼の眼は、悲壮感であふれていた。
そこに見たかつての自分
「垣根の外に出られないと覚悟した時の私の眼」
徳江は最期に、かつての自分を救いたいと思ったのかもしれない。
かつての自分である仙太郎
彼女は、最期に最後の仕事を見つけたのだろう。
この背景の設定があって、徳江のしつこいバイト願いがあった。
そして食べてみたどら焼きのあん 業務用だったことに驚く。
徳江は、おそらくハンセン氏病患者は、人間と話すことを拒まれた所為で、自然に自然と会話することを学んだのだろう。
ちょうど私の祖父母くらいの人が庭先で、誰もいないのに誰かとおしゃべりしているように。
「すべてのものには言葉があると思ってるの」
さて、
冒頭 アパートから出て屋上へ行ってタバコを吸う仙太郎のシーンがある。
薄暗い中に見える満開の桜 それとは対照的な仙太郎の雰囲気
太陽が昇り始め、店を開店させる準備に取り掛かる。
ここまでがアバンタイトルとなる。
仙太郎は生地の準備をするが、あんの準備はしない。
タイトルが「あん」たる所以
業務用と手作りではそれだけ違いがあるのだろう。
徳江のおかげで売り上げは伸び、開店前から行列ができるようになる。
しかし、
徳江の病気のことが噂になって店に客が来なくなった。
このことは徳江自身が一番よくわかっていたのだろう。
聞こえない声を聴くことができる徳江は、静かに去った。
「私たちはこの世を見るために、聴くために生まれてきた。だとしたら、何かになれなくても生きる意味はある」
徳江は仙太郎に手紙を書いた。
小豆の言葉 どうやってここまでやってきたのか その旅の声を聞いてあげること。
そして、最後の仕事はまだ残っているというヒイラギの風の知らせ。
それでもまだ手段は残っている。
仙太郎
喧嘩で相手に傷害を負わせた代償で一生を棒に振ったと思い込んでいる。
借金を肩代わりしてくれたドラ春の先代店主
好きでしている仕事ではないことも重なり、意味のない人生を生きていると思っていた。
母の言葉さえ聞いてあげることができなかった。
そして仙太郎は、徳江の言動に、彼女の手紙に母を見つけたのだろう。
単なるローテーションでしかない毎日
面白さも意味もない。
自作自演
まさに人生とは自作自演
出来事があり、勝手に何かを認識して勝手に落ち込み、または勝手に喜ぶ。
同じ自作自演であれば、喜びにあふれていた方がいい。
出来事に対する感じ方を変えるだけでいいのだ。
徳江は、死んだ母が語りたかったことを運んできた。
徳江は、かつて人生を蔑んでいた自分を許したかった。
物語がこの二人の心の会話によってまとめられるが、ここにワカナの問題を加えるとややこしさになってしまうのだろう。
彼女は最後に満開の桜の中を通学していた。
あれから1年 3月 彼女もまた暗い影を漂わせた人生から卒業するのだろう。
子どもの呼びかけがそれを象徴していた。
さて、、
最後に仙太郎は花見客のいる場所に出店を構えてどら焼きを焼いていた。
裸一貫
いま彼にあるすべての持ち物が、あの出店なのだろう。
母の、徳江の言った「自分のどら焼きを完成させてほしい」という言葉に応え、仙太郎は出直す決心をしたのだ。
あの店はお好み焼き屋になって、オーナーの甥が継いだのだろう。
門出となった満開の桜の下で「どら焼きいかがですか~」と大きな声を出す彼の眼には、もう迷いなどなかった。
とてもいい作品だった。
R41さん、レビューありがとうございます。またしても自分のレビューではまるで筋がわからず、R41さんのレビューでクリアに仙太郎(永瀬)の表情まで思い出せました!