「樹木希林さんの偉大さと、差別意識のありかをあぶり出す」あん ゆめさんの映画レビュー(感想・評価)
樹木希林さんの偉大さと、差別意識のありかをあぶり出す
樹木希林さんの眼差しや声はどうしてこんなに優しいのか…。作中に出てくる吹き抜ける風や緑の景色みたいだ。神様がいて世界を作ったのなら樹木希林さんは神様に近いところにいるのではないかと思ったほど。
個人的に印象に残ったシーンをふたつ。
・「(どら春で働いた日々を思い返しながら)楽しかったぁ」と言う徳江さん(樹木さん)の表情。
店長・千太郎さんの哀しい目が気になって声をかけた、と後に徳江さんは言っていたけど「働いてみたかった」とどら春に来た時に話した言葉もきっと本当だ。
お店の店子として必要とされたり、接客したり、アイデアを出したり。
施設の中で過ごしてきた徳江さんにとっては本当に楽しかったのだろうな。そしてそこに高校生のアルバイトみたいなことすら許されなかった徳江さんやハンセン病患者たちの哀しい過去が見える。
・「よくわからないけど」
千太郎のオーナーの奥さんがハンセン病のことを話す時に言った言葉。
何気ない一言のようで、差別問題の根幹を表した言葉だと思った。だから印象に残った。
よくわからないから不安なのだ。本作でワカナがしていたみたいにちゃんと興味を持って調べれば実情は見えてくるのに。
断片的なマイナスイメージと、「よくわからないから」という不安で私たちはいとも簡単に差別したり、線を引いたり、排除したりしようとする。科学的な根拠のないイメージだけで。
そしてそれが差別されたり線を引かれた人をどれだけ哀しくさせ、あるいは窮地にすら陥れることを想像できない。
心ない噂で、大好きな職場を自ら去らざるを得なかった徳江さんのような人を生むことを知らない。
そしてそう思った瞬間それはブーメランになって自分のところに帰ってきた。もし作中で噂を聞いた私はどら焼きを買いに行かなくなったのではないか?
ワカナのようにちゃんと知ろうとすることができたか?と自分自身に問いかけてしまった。
本作を観て鼻水と共に流れまくった温かい涙の味と一緒に、私にささったブーメランの痛みはこのままにしておきたい。
あとこの映画のすごいと思ったところ。
直接的に表現せずに受け手に行間を読ませている(受け手を信用してくれているともいう)。
たとえばワカナの母親。序盤のほうにほんの少しワカナと母親の生活の様子や会話が挿入されるシーンがある(その時点では本筋には絡まない)。
そして話が進み、どら春に人が来なくなって徳江さんが去ったタイミングでワカナが千太郎に「徳江さんがハンセン病だと話した人が1人いる。(それは)お母さん」と言う。
ワカナの母がそれを誰かに噂で伝えているシーンはない。他の人たちが噂話してるシーンすらない。
でも観客は「あ、あの母はおそらく近所の人に話すのだろうな」と薄々感じる。序盤のシーンで私たちはワカナの母親のパーソナリティをある程度掴んでいるからだ。
本作はそういった説明があまりなされずカットや表情(たとえば指を触る徳江さんの指のカットで、徳江さんが自分が原因で来客が減り始めていることに気づいていることを表す)で悟らせることが多い。
わかりやすくするために説明のセリフや演出過多な作品が散見される中で、観客を信じてくれる監督やスタッフの姿勢に感動してしまった。
良い映画だった。千太郎役の永瀬正敏さんも素敵ね…!
あとどら焼き食べたくなった。徳江さんの粒あんが入ったどら焼き。