「成功とは、なかなか理想どうりにはいかないことを痛感させられました」アメリカン・ドリーマー 理想の代償 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
成功とは、なかなか理想どうりにはいかないことを痛感させられました
本作は、1970年代のニューヨークが舞台というのがポイント。それだけで、暴力的で危険なイメージが漂います。
例えば映画史を飾る作品でも、「狼よさらば」「セルピコ」「タクシードライバー」など、当時のニューヨークを舞台にした映画は、いずれも暴力に満ち、警察の腐敗や無力さも描かれていました。
しかし、統計史上、犯罪が最も多かったのは81年なのだそうです。この作品の原題は「最も暴力的な年」。なんでこんなタイトルか調べてみるまで気がつきませんでした。どうりで、主人公が聞いているカーラジオから流れてくるニュースは、なぜか凶悪事件の発生ばかりだったので何か意味があるのか気になっていたのです。それをBGM代わりにして、犯罪が多発する、人の心も荒廃した当時のニューヨークの時代背景をよく伝えてくれました。
ちなみに、ニューヨークの犯罪は81年をピークに高い発生率が続きますが、90年代になって激減します。そして時代は、マーティン・スコセッシ監督が「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で描いたような、狂騒に突入していくのでした。
そんなデンジャラスな時代に、犯罪が多発する都市で、まっとうな野心を持つ主人公が、自分なりの正しい道を歩んでアメリカン・ドリームをつかもうとしたとき、さまざまな妨害を受けながらも“正しさ”と向き合う様を粘り強くあぶりだした、かみ応えのある人間ドラマだといえそうです。
クリーンで良心価格をモットーに、石油の売買で成功した移民のアベル(オスカー・アイザック)は、事業拡大のため石油プラントの土地付き購入を計画します。そしてやっとの思いで契約締結にこぎ着け、手付金を全財産で支払ったのでした。それは30日以内に残金を用意しなければ、手付金は戻らない契約でした。アベルは銀行から融資の約束を取り付けます。しかし、その頃彼の会社のトラック運転手たちが襲われ、トラックごと石油を盗まれる事件が続発していたのです。しかもアベルの新居には夜中に不審者が現れ、妻(ジェシカ・チャステイン)は不安を訴えます。一方、これまで一切不正経理をしないことを守ってきたのに、あろう事か、検事(デヴィッド・オイェロウォ)がアベルを脱税や詐欺の疑いで捜査に取りかかってきたのでした。
さらに追い打ちをかけて、襲撃を受けた運転手が、許可なく道路上で発砲。そのまま逃走して警察に追われる身となってしまいます。それがきっかけで、銀行が融資を断ってきます。融資を当てにして、全財産を手付金に回していたアベルは、新たな融資を見つけられるか、それとも破産か絶体絶命のピンチに陥ります。正式契約までわずか30日。そして残された日数は、わずか3日間でした。
本作で、チャンダー監督の演出は、渋くて奇をてらったところがありません。配役は実力者揃いですが、著名俳優は出演していません。ストーリー展開も、主人公が耐え続ける物語にはカタルシスもありません。そんなスターも、派手な見せ場も、過剰に劇的な展開も避けて、真の主役である時代と街を、くっきりと浮かび上がらせた演出に好感が持てました。
遠くには摩天楼の群れを展望しつつも、主人公の佇む足もとの道路は雪が残って、凍てつき。荒涼としています。そんな景色が、成功をつかもうと手を伸ばすが、足を引っ張られて身動きが出来ないアベルと重なって見えて仕方ありませんでした。
カメラは華やかな通りよりも、殺風景な裏通りや落書きに埋め尽くされた地下鉄構内や車内などを捉えていきます。当時のニューヨークが、やや黄色がかった色調で実にリアルに描かれていることが特筆ものでしょう。
ただ、主人公が正体不明の存在に追い詰められていく過程は、何が起こるのか分からないハラハラとした緊迫感があり、まるでサスペンス映画のノリなんです。
「理想の代償」とは、言い得て妙なる副題です。本作を見ていると、成功とは何かということを考えさせられます。アベルが語る成功とは、結果がすべてではなく、どんな方法で成功したのか、プロセスが重要なのだというのです。そのために不正や暴力を行ってはならないと、ストイックに自らを戒めていたのでした。しかし、そんなアベルの理想には代償が付きものだったのです。
自社の運転手が次々襲撃されて、運転手が重症を負わされても、拳銃による武装は頑なに認めませんでした。そんなことをしたら、ますます敵が凶悪化して対抗してくるだけ。心を強く持って対処しろと精神論を説くのみでした。しかし、精神論だけでは襲撃は止まりません。アベルの理想論を聞かされるたびに、語ってる内容が、日本の安保法制反対派の平和ボケした論理に見えてきて仕方なかったのです。
ただ銃社会のアメリカでも、無許可で発砲したら犯罪と見なされて、運転手どころか所属会社まで処罰の対象にされかねません。大金の融資審査を抱えていたアベルにとって、運転手の暴発が怖かったという一面もあったでしょう。
加えて、アベルの妻の存在が、アベルとは好対照なのです。マフィアのボスの娘だった妻は、ことあるごとにアベルの理想論に反発するのです。しかし、万策尽きてマフィア上がりの同業者からヤバいカネを貸してもらおうとするアベルに、妻は内助の功を発揮するのですね。これはネタバレになるのでいえませんが、てっきり妻の父親のマフィアからお金を工面してしてくるものだと思っていましたが、前々違っていました。
妻が夫に隠れて何をやっていたのが、ネタバレされるとき、検察の執拗な捜査も、伏線となっていたことが分かります。そして、アベルの頑なな理想論も屈するしかなかったのです。
経営理念は大切だし、近年話題になっている企業コンプライアンスの遵守を無視するととんでもない事件に発展することが騒がれています。しかし本作を見ると金科玉条の理想論だけでは、成功はおぼつかないことが痛いほど伝わってきます。
安保法制を、違憲といっているあなた!正論が必ずしも最善とは限らないものなのですよ。
最後に★一つ削ったのは、後半の犯人捜しがやや性急だったからです。残り時間を考えると仕方なかったかもしれません。それでも、映画通を唸らせる、夢と暴力の狭間のグレーゾーンへ見る者を誘う力作だと思います。マフィア映画ではないのに最上級のそれを見ているような錯覚に陥ることでしょう。内側に激しさを持つ男を演じたアイザック、したたかさもある妻を演じたチャステイン、名優2人の芝居も底光りしていました。