「見えない心、聴こえない怒り 【修正】」怒り 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
見えない心、聴こえない怒り 【修正】
まずは一言、重い。
3人の誰が残虐な犯人か?というサスペンスではあるが、
本質は『人を信じる』ということの困難さを描いた作品。
人間不信に陥りそうなほど暗く重苦しい内容だが、
最後には僅かな希望を感じさせる、そんな映画だった。
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メイン・サブ問わず誰も彼もが良い演技を見せる本作。
全員について書くと長大になるので数人だけ抜き出す。
まずは泉を演じた広瀬すず。惨(むご)い場面にも
果敢に挑み、キャスト中でも最大級の純粋な怒りを
叩き付ける。序盤の快活さが一転して絶望的な表情
に変貌する様は見ていて本当に胸が苦しかった。
あまりに無防備な心の持ち主である愛子を演じた
宮崎あおいも、自分を信用しきれない父への静かな怒りを
感じさせる、掲示板前でのあの深く暗い眼が恐ろしい。
娘を守りたいあまりに娘を信じきれない渡辺謙も流石の重厚感。
犯人・森山未来はもはや悪人ではなく邪悪ですらある。
自身の境遇への怒りに満ちた彼にとって、
他者の不幸は胸のすく絶好の物笑いの種でしかなく、
人の優しさは自分への優越感と嘲りの表れでしかない。
だが彼は、内に抱えた怒りを長年誰にも伝えることが出来ず
壊れてしまった人間なのかもしれない。他者への怒りと
蔑みと嘲りで充満したあの部屋が、そのまま彼の心の内だ。
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だが我々はあの男の部屋の中に入る術を持たない。
あの心の内を直接覗き込む手段を持たない。
あまりにも当たり前で、あまりにも不幸な事実として、
人の心は目に見えない。
この物語で起こる悲惨な出来事の根幹はすべてそこだ。
相手をどれだけ慕っていようが愛していようが、
他者の本心や過去の全てを知ることはできない。
そして、見えないものを信じられるかどうか
判断することは、誰にとっても恐ろしく難しい。
だから、信じきれずに裏切ってしまう。
あるいは、信じていたのに裏切られてしまう。
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自分の身に降りかかった事に対する怒り。
あるいは、信じていた人に裏切られた怒り。
他方、信じてくれた人を裏切ってしまった後悔。
人の体の肉は柔らかいが、心は分厚く硬い。
直人と優馬のように、どれだけ強く
抱き合っても決してひとつにはなれないし、
泉や愛子が言う通り、泣いても叫んでも、
怒りは他人の心には伝わり切らない。
けれどもだ、泣くことも叫ぶこともしなければ、
その怒りは千分の一、万分の一すらも伝わらない。
怒りを表に出すことは、時に尋常ではない勇気を
要するが、己を守る為にも、誰かに守って
もらう為にも、それはきっと必要なことなのだ。
逆に、慕っている人を裏切ったという
後悔に苛まれた者はどうすれば良いのか。
エンドロールで流れる本作の主題歌のタイトルは
“許し”だった。“怒り”に対しての“許し”。
「今度こそ守るから」という愛子の言葉に
オーバーラップする、泉の怒りの表情。
どんなに悲惨な出来事が起こっても、
どんなに酷い事をしでかしてしまっても、
我々は時を巻き戻すことが出来ない。
我々に出来るのは許しを乞うことだけだ。
今度こそ裏切らないから。
今度こそ信じてみせるから。
今度こそ絶対に守るから。
そう約束し、ひたすら許しを乞うことしかできない。
歯痒いけれど、それで相手が心に負った傷をほんの僅かでも
癒せるならと信じ、必死に許しを乞うことしかできない。
最後、
薄汚い言葉を必死に削り消そうと
してくれた人の名を呟く泉。
打ち寄せる波に掻き消されそうになりながらも、
微かに、だが確かに聴こえる彼女の絶叫。そして、
帰路の列車で穏やかな表情を浮かべる愛子と田代。
どん底に重い物語ではあるけれど、それでも
この物語では、最後に薄らとした光が見える。
それはきっと、前に進み続けることでしか目に入らない光だ。
直人の最後の台詞。あれはある種の諦めでもあるし、
『それでもどこかで人は繋がっていられる』
という希望でもあったのかもしれない。
「一緒は無理でも、隣ならいいよな」
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泉の母についてもっと詳しく描いてほしかったとか、
やはりあの犯人像がややカリカチュアされて感じるとか、
妻夫木&綾野パートが他パートと比べてやや弱いとか、
細かな不満点はある。
だがそれでも、暗く力強く人を惹き付ける映画。
素晴らしい出来だと思います。4.5判定で。
<2016.09.17鑑賞>
ヒデさん、初めまして、
浮遊きびなごと申します。
直接返信できず申し訳無いのですが、
コメントありがとうございました!
なんだか嬉しいやら気恥ずかしいやら。
けど僕は「こんなことが言いたかったんかなあ」
と映画の場面や台詞を繋いでみてるだけで、
映画観てなかったら僕は一文字も書けない訳で、
やっぱしこの映画が物凄いんですよ。
今後も精進して参ります。よろしくです。