「本作は"カンマ"の物語なんです。 語っては、駄目。」あの日のように抱きしめて さぽしゃさんの映画レビュー(感想・評価)
本作は"カンマ"の物語なんです。 語っては、駄目。
「あの日のように抱きしめて(2014)」
原題:Phoenix
現在上映中なので、頑張ってふわっと書きます!
でも書きすぎたら、ごめんなさい!
1)Speak Low
2)I'm A Fool To Want You
3)Black Coffee
4)Round Midnight
あ、全く関係ないですけど、私の鼻歌ランキングです。
大好きな"Speak low"が印象的に使われてるという噂と、クリスティアン・ペツォールト監督の"東ベルリンから来た女(2012)"が面白かったので観てまいりました。
※主演が ニーナ・ホスと ロナルト・ツェアフェルトで、全く同じなんです。
本作のお話に行く前に、ちょっと“Speak low”の歌詞について語らせてください!
この曲が凄く好きなのは、その歌詞の秀逸さなんです。
こう始まります。
“Speak low
When you speak, love
Our summer day withers away
Too soon, too soon”
だいたいこんな訳がついています。
“愛を語るときは、そっと囁いて”
“speak, love”
愛を語る。でもこのspeakとloveの間に“,(カンマ)”がありますよね?
そう!このカンマが存在する理由を考えて頂きたいのです。
このカンマがあることで、Loveは“愛”だけではなく、“愛しい人”=ダーリン的な意味にもなるんです。
何故カンマが?
だって、Speak lowですもの。(誰にも聞かれないように)そっと囁かなくちゃいけないんです。「愛」は口に出せないんです。出した途端に、壊れるかもしれないから。
“愛は一瞬の花火。直ぐに闇が訪れる”愛は儚く脆い。失ってしまう不安と恐れも唄っています。
私は子供の頃から、ジョー・スタッフォードのSpeak lowを聴いていました。
本作では、作曲のクルト・ヴァイル本人が唄っています(初めて聴きました)。
クルト・ヴァイルはユダヤ迫害を逃れ、アメリカに移住。シェイクスピアの「から騒ぎ」の一節にインスパイアされて、作曲しました。ほら仮面舞踏会で、一目惚れした親友の代わりに、マスクをつけたドン・ペドロが親友になりすまして"Speak low When you speak, love"って囁くじゃないですか!
すみません!
前置きが長くなってしまいました!
えっと、本作はこのspeakと loveの間の"カンマ"の物語なんです。
さて。
ナチス収容所から奇跡的に生還するも、顔に酷い怪我を負ったネリー(ニーナ・ホス)。整形手術を受けるも、前とは違った顔になってしまいます。
やっと夫ジョニーと再会するも、ネリーだと気付きません。それどころか、妻のネリーは死んだ。自分には遺産を相続する権利がないから、ネリーの振りをしてくれ。財産を受け取ったら、山分けにしようと持ちかけます。
ネリーは現在の自分を殺して、以前の自分自身を演じます。
「お互いのことを知っていく、恋の始まりが楽しい。彼といると、元の自分に戻れる」
恋の始まりの高揚感に興奮している。
その興奮で忘れたいのは、収容所でのつらい経験でしょうか。
何故ネリーは、現在の自分をジョーに愛されたいと思わないのか。
女性は常に、現在の自分を愛して欲しい筈です。違うかな?
これ、一種の自傷行為のように思いました。
変わったのは、顔だけでないのが分かる。
ネリーの友人は亡くなったユダヤ人への責任、理不尽な歴史への怒りに押しつぶされます。
そしてネリーは、自らを傷つけ続ける。
ネリーの体型や所作や声は変わっていない。けれどジョニーは気付かない。
知人達が容易にネリーと認識するも、ジョニーは気付かない。気付かないふり?気付きたくない?知りたくない?語りたくない?
罪悪感が、そうでないことを祈っている?
というか、ジョニー役のロナルト・ツェアフェルトが、またのほほーんとした顔つきの役者さんなんです。
ラッセル・クロウを水でふやかした感じなんです(笑)!
なんか心が読めない顔立ちなの!
さて、思い出してください。
先ほど妻が死んだのに、「相続する権利がない」とジョニーが言ったと書きました。
妻が死んだら遺産の相続第一順位は、配偶者ですね。夫のジョニーの筈です。
おかしいですよね?これ、ネタバレに繋がりますね。
最初っからネタバレしてるこのストーリーが、サスペンス映画である筈はないと思います。
そこじゃないです。
ネリーは、それを聞いてスルー。
いや、気付いたでしょう。
でも女はそれが真実だから信じるんじゃない。
信じたいから信じるんです!
"Speak low
When you speak, love"
また、声楽家だったネリーの声を、ピアニストのジョニーの耳が分からない筈はないと思います。
本作は"カンマ"の物語なんです。
語っては、駄目なんです。
※邦題・キャッチ共に酷いです。
「ただ知りたい」って。
そんな単純な心理状態ではないと思う。