トイ・ストーリー4のレビュー・感想・評価
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ご意見ご質問は直接ピクサーへご連絡ください!
一言で言うと普通でした!
前作を超える感動は正直ありません。
なので、古参のトイストーリーファンの方々はえらく御立腹でしょうね。
事実、レビュー内に恥ずかしげも無く不平不満を垂れ流してる方々が非常に多くいらしゃるようなので。
ファンなら受け入れるべきだし、クレームなら直接ピクサーに電話すればいいのに。
ピュアな方が多いようなのであまり深くは突っ込みませんが…
まぁ、
作中に視聴者に伝えたいであろうキーワードは所々散りばめられていたので、この作品を通じて色々と学ぶ子供もいると思います。
問題提起としてはトレンドを抑えてはいるんだけど、
只、それをトイストーリーでやる必要があったのか?
というのが作品を見た僕の感想です。
多分、このレビュー見たら、映画館に行く気失くしちゃうかな…
感じ方は人それぞれなので、レビュー等に惑わされずに一度映画館に足を運んでみてください!
ウッディを愛するなら受け入れなければいけない続編
エンドロールが流れている間、
求めていた結末ではなかったというがっかり感と、
わたしが好きなウッディではなかったという寂しさと、
この続編を作った人たちは本当にこの結末を願ったのかという漠然とした怒りで、
とにかく受け入れることができませんでした。
フォーキーやデューク・カブーン、ダッキー&バニーの新キャラはどれもとても愛すべきキャラクターだったし、
これまで通りのテンポの良い小ネタ満載の展開そのものはまた観ることができた喜びでいっぱいになったし、
結末を除いては、変わらずわたしの好きなトイ・ストーリーでした。
ただ、どうしてもあの結末だけは納得がいかない。
どうしてウッディはあの選択をしたのか。
ピクサーがなぜ、そうさせたのか。
最初は変化を望まず、自分が一番であることを何よりも求めた。
徐々に仲間を受け入れ、守り、子供のそばにいることを何よりも優先した。
そして、今作のウッディが今までと違うのは、何よりも持ち主の幸せを願い、動いた。
新入りの手作りおもちゃを全力で守った。
ウッディ自身が一番変化し、1から4まで常に成長していたことが、今作でより顕著になったと感じます。
わたしはその中で「いつものウッディ」を漠然と求めてしまったのだと、思います。
正義感が強く、おもちゃとしての役割を全うするウッディが、わたしは「いつものウッディ」だと思っていました。
でも、今のウッディはそれだけではありませんでした。
誰よりも周りの人、おもちゃの幸せを願い、もう十分すぎるほど役割を果たしたのだと思います。
愛する作品、ウッディだからこそ、変化を求められなかったけれど、おもちゃも人間も、変化がなければ何も起きない。
そんなウッディへの感謝と愛を込めたハッピーエンドだと思えば、とても重要で必要な続編だと思えます。
もう一度、この4を観てみようと思います。
きっと、見るたびに変化のある、素晴らしい作品だったと心から感じるに違いありません。
賛否両論あって良し😊👌
結末に賛否両論あると知った時点で、覚悟して観に行った笑笑
結果感想は…観て良かったし、私は『賛』の方!
もう続編はないだろうなと思ってたので、
またトイストーリーの世界を見せてもらえて幸せだったし、新たなキャラクターの面白さや、全てを丁寧に描いている作品にずっと感動しまくりでした!
評価なんて気にしないで、ぜひぜひ観て欲しいです!
苦く、噛みしめる分だけ甘く切ない
様々な意見に別れると思うけど自分はこの作品が好きだ。ただ、この作品を表現するのはとても難しい。
終わった後、こんなに考えさせられたことはなかなかない。最初の感想は「あれ?」だった。うーん、と考えてみると少しばかり納得できた。初めて飲んだコーヒーみたいだ。苦いだけじゃない。
みなさんには過去作を思い出しながら観て欲しい。ウッディはどういうやつだったか。アンディはどんな性格だったか。おもちゃってなんだったか。
トイ・ストーリーは成長のお話。トイ・ストーリーと一緒に成長できて幸せだった。ありがとう。
あと、ボー・ピープが可愛くなりすぎてて、すごくよかった。ありがとうな!
ディズニー、お前らすごいぜ。
また会おう。
彼はやっぱり、アンディのおもちゃだった
最初は何故ウッディだけあんまり遊ばれなくなったんだろう…って思ってたんですが、彼が作中フォーキーに「君はボニーのおもちゃなんだ!!」と何度も言う場面を見て、ああ、まるで自分に言い聞かせるようだな…と思い納得。
その時点で、彼の心はまだアンディのおもちゃであることを匂わせます。それを感じ取って、ボニーも次第にウッディへの愛情がなくなったのかな〜と思いました。
子どもって、そういうの感じ取るとか言いますし…。
ボーピープはいつ出るのかとワクワクしましたが、「え、ここで登場なんだ」みたいな感想。ボーの姿が変わった理由もハッキリとはせず(色々あったのよ…みたいな。まあ、あくまでも主人公はウッディですし)捕まったフォーキーをただどうやって救出するかでわちゃわちゃしているような感じ。
ギャビーも、ただ愛されたいんやなって感じで憎めないです。幸せになってよかった。
ただ、ギャビーの付き人(?)がいきなり出てくるシーンは普通にビビる。
3までのトイ・ストーリーはあまり人間世界に干渉しない印象で、もしかしたら、自分たちが知らないだけでおもちゃの世界はこんな感じになってるのかも…って想像を掻き立てられたりもしましたが、今回めちゃくちゃ人間世界に干渉しまくりです(笑)
人間に話しかけてる…ってなりました(笑)
最後のシーン、他の方のレビューとか見てて賛否両論あって面白いな〜って思いました。
冒頭の別れのシーンを見て、多分ボーとは一緒になるんだなとは思ってましたが、ウッディが仲間と離れるのか〜って感じ。
別れのシーンでは「バズたちはボニーのおもちゃになれたけど、ウッディは結局やっぱりボニーのおもちゃにはなれなかったんだな」ってなんて言っていいのか分からないけど、そんな感じがしました。
なんだかんだ書きましたが、ウッディやみんなが幸せならそれでいいかってなる映画でした。
あと、シリーズ通して毎回なんですが、おもちゃを大切にしようって思っちゃう素敵な作品でした
なるほど
バズが飛ぶときの音楽。
その続きが、ムーランルージュのカンカンになるのは、私だけではないはず。。。
先の読めるストーリーだったけど、ワルモノも居なくて、きれいにまとまってました。
次はないでしょうね。
トイストーリー嫌いな人必見!
これを開いたあなたは多分トイストーリー嫌いな人なので、今までの物語にうんざりし見にいく気もないでしょう。なので以下のレビューはネタバレを多分に含みます。見に行く気ないから気にしないよね笑
この映画ですが、多分トイストーリーをよしとしないあなたのために制作された映画であると考えられます。
多分あなたはこれまでトイストーリー123を見てこう思ったでしょう。『なんてウッディは押し付けがましいやつなんだ!』
と
そうですウッディは『いい持ち主の元で持ち主の幸せのため行動するこが幸せでありそれがおもちゃの全てだ』という『持ち主至上主義』の狂信者です。現に123でそれ以外の生き方を否定してきました。持ち主に改造されること、博物館に展示されること、持ち主に愛されないこと、これらの人生を否定し特定の持ち主に愛されることを他のおもちゃに強制してきました。果たしてこれらの行く先が100%地獄が待ち受けているのでしょうか?私はそうは思いません。
改造について話すと、2の最後ではバービーに対する改造に等しい子供の落書きにプロスペクターこそ嫌な顔をしていましたが当の本人は「彼女は天才よ」と嬉しそうな顔をしていました。見た目を変えられることは一概に悪いことではなさそうです。
また、ウッディが本当に持ち主を1番に考えている『持ち主至上主義』ならアンディがもしシドのような悪ガキに育ってしまったら、彼の幸せのため甘んじて改造を受け入れるべきであり、絶対に持ち主に復讐なんて考えてはなりません。なのに、ウッディはシドに復讐します。被害者でもないのに。
なぜこんな行動に出たのか?それはウッディの中に『持ち主はおもちゃの気持ちになりおもちゃを大切に扱うべきだ』というアンディとの生活から生まれた幸せな思い込みがあるからです。しかし、これはおもちゃにしては傲慢でアンディのような特別な子のおもちゃ箱の中だけで通じる考えです。全てのおもちゃがその考えで生きて行くことはできません。多くの子供にとってのおもちゃはこの瞬間の暇を埋める存在であって未来永劫大切にする存在ではないのです。
それに現代の子にしたら、毎日アプリが更新されて変化するスマホがあります。変化のないおもちゃなんてすぐ飽きます。改造して長いこと遊ぶだけシドの方がましでしょう。今やおもちゃ屋さんすら存亡の危機です。
と、少し話は逸れましたが、ここで伝えたいことは、1で子供に好きなように改造されることは絶対地獄とは言い難いことです。これも大切に遊ばれてきたイイトコ育ちのウッディの生活から見ればの地獄のように見えただけであり、2の最後のバービー人形のように考えを変えれば肯定的に捉えることも可能です。大人のシドのことを考えると、おもちゃの過度な改造を続けた結果ごみ収集の仕事をせずに機械の整備エンジニアになった未来もあったかもしれません。もし、そうなればおもちゃも苦労してそばにいた甲斐があったと思えるでしょう。しかし、もう後の祭りです。
2の博物館での展示や3の持ち主に捨てれることもウッディの幸せな境遇からみれば地獄のように見えますが決しておもちゃの墓場と断定することはできません。この博物館で展示される人生と捨てられた人生のふたつの人生の先が決して絶望に直結していることはないことを4の中では語られています。いや、それ以上に4では様々な生き方をするおもちゃの姿が描かれます。『持ち主至上主義』だけが幸せではないんです。
これを観客と『持ち主至上主義』のウッディに教えてくれるのは他の誰でもなくウッディの恋人であるボー・ピープです。4での彼女はさながら馬で東から西へ拠点を移しながら生きる開拓時代のアメリカ人のように自由で力強い女性として描かれています。農耕民族のように1ヶ所に定住することをこだわるカウボーイとは大違いです。でも、今作ではポーの助言もあり最終的にカウボーイはカウボーイらしく生きることにしました。ここがアメリカと日本で評価がわかれるところでしょう。アメリカ人からすればウッディがやっと君主に使えるナイトからカウボーイらしい自由の男になったのです。しかし、農耕民族としては裏切られた形になります。
まとめますと、4では123でウッディから悪とされてきたおもちゃの生き方は広い世界からみれば許容できないものではないことを示し、救いの手を差し伸べたトイストーリー否定派に対する答えを描いた映画に4はなると思います。123でもし完結してしまうと親の愛を知らずにゆがんで育った子供や人生のレールから外れた人の生き方を否定する、または君にも愛してくれる人が現れるさという無責任な映画で終わるところでした。
確かにウッディの生き方は現実でいうレールに乗った幸せな生き方でしょう。しかし、123の欠点はウッディがあまりにもレールに乗った生き方以外を受け入れられない点にあります。でも、実際の世界はアンディのおもちゃ箱よりも広く様々な生き方を許容します。別におもちゃの自分をスペースレンジャーと思い続けてもいいし、クレーンを神と信仰することも世界は許容します。4でのウッディはその欠点を改め様々な生き方を肯定し自らも違う道を歩み始めます。
この123から4への変化は多様化した今の世の中にうまくマッチしたものでしょう。今世の中は一つの生き方ではみんなが幸せになることはあり得ません。おもちゃの数だけおもちゃの人生がある。別にいい親の元で小中高大から就職だけが幸せではない。幸せは人の数だけある。トイストーリー4はそんな人生の無限の可能性を感じさせてくれました。
最後になりますがみんなで一緒にあの名言を叫びましょう!
『『『『『『『無限の彼方へ、さぁ行くぞ!!』』』』』』』』
え、否定派だけど実際に見たくなったのにネタバレのしすぎだ?
フォークと『内なる声』については言及してないから大丈夫だよ。
3で終わっておくべきだった・・・
トイ・ストーリーは、1と2・・・アンディとウッディ物語が最高にハートフル
そんな少年もやがて大人になっていくって結末の3で終わるのがベストだっと思ってしまうトイ・ストーリー4でした。
新しい持ち主となった女の子ボニーキャラ設定に、愛らしさも奥深さもなく・・・
自分の置かれてる立場を悟ったのか!?
最後のウッディの決断には唖然・・・@@;;;
ただ単に、玩具を売るためのコンテンツシリーズになって行くようで残念〜☆2
4は必要なかった!
3で終わっておけば良かったのに。
1-3が好きな人には
あまりにも残念な作品。
ウッディーの行動が3と矛盾しすぎているし、
ボーと新キャラばかりにスポットが当たりすぎていて
1-3の愛すべきキャラたちを全然いかせていなかった!
やっぱりジョシュ・クーリー監督に、
トイストーリーは荷が重すぎたと思う。
大好きだからこそ見たくなかった結末
小学校のころからこの作品とともに育ってきたからこそ、「選ばれないおもちゃ」になったウッディの姿、
ウッディと仲間達が離れてしまう結末は胸が痛かった。
3でアンディが本当は大学に連れていくはずのウッディを、少し迷いながらも『この子なら大事にしてくれる!』と渡してくれたシーンを思うと、
ウッディが居なくなっても気づかないボニーを嫌いになりそうになったし、
もしアンディがボニーと会う時があって、ウッディが居ないことに気づいてしまったら…と思うと、
感動とは違う意味で涙が止まらなかった。
たしかに人間関係において、仲間が新たな環境に行くことでの別れと気持ちよく見送るというシーンはあるものだけど、それをこの映画で見せる必要があったのかと思ってしまう。。
なによりアンディの気持ちは…?
というのが本当に悲しい。
無限の彼方へ。さあ行くぞ。
字幕IMAXで鑑賞。期待を裏切られ号泣。これが子供の頃から見ていたトイストーリーの新たな形か!
否定的な意見が多いけど個人的には凄く感動!!
最後のお互いが言い合うセリフにジーンときて、一人で鑑賞していた30代のおじさんはボロ泣き。。笑
内容については旧メンバーたちにもっと活躍して欲しかったところと、離れ離れになったボーとの再会により、そういえばこの作品にはディズニープリンセスがいなかったんだ。新たにボーが確立したんだなという印象。
それに最後の部分は否定したくなる気持ちもわかる!ただ否定ばっかり言ってもしょうがないので2回目を鑑賞したらいいんじゃないか!?そう思い今夜、チャッキーとどっちのおもちゃにしようかと悩んだ結果、吹替で2回目を鑑賞。
2回目を見ると冒頭から泣けて楽しめるから新たな傑作が生まれた!!
そしてやっぱり最後に感動しておっさん一人でボロ泣きしました笑
終始悲しい。
最初の遊んでもらえないシーンから自分を犠牲にしてまでフォーキーを助けるシーン、最後のお別れのシーンまで最初から最後までずっとモヤモヤしながらそして時々傷つきながら観てた。
ウッディーの性格を考えると、みんなと離れ離れになる結末自体は「そっかウッディーはそれが幸せなんだね」とはなるけどやっぱりとっても寂しい。
シュガラ2の時と一緒って言われてるけどほんと、そんな感じ。仲間とのお別れ。新しい世界に飛び込む。自分の役割に負い目を感じたり責任を感じ過ぎなくていいんだ。そういうのはトイストーリーでやる必要あったのかなあ?
ずっと車で待っていたメンバーにはウッディーに何が起きたか、彼が何を見たか何もわからない状態で過去に仲間だったボーと帰ってきていきなりお別れでそれで良かったのかな…ブルズアイは3でも最後までウッディーについて行こうとしてたのに今回はあっさりと別れたね…
きみはともだちを聞くと、ウッディーとバズがもう相棒としてそばにいれない事が悲しくて泣いてしまう。
まずボニーはなんでウッディーの存在を蔑ろにしてたの?フォーキーを作る前からあんまりウッディーで遊んでないシーンを見て、うーんまあ女の子だし…?とも思うけど3で「あたしのカウボーイ人形!」って言ったじゃん。あれはなんだったの…
そしてアンディーは大学にも連れていこうとするくらい大切な大切な存在で、覚えてないくらい小さい頃からの相棒だったけどボニーを信じてウッディーを託したのにウッディーだけ居なくなったことを知ったらアンディーは傷つくとかいうレベルではないのでは?大学に一緒に行った方が、もしかしたらウッディーは幸せだったのかもしれないしアンディーに子供が出来たらまた遊んでもらえたかもしれないのにな…
まあもうそんなこと言ってられないけど、今回見てて「あ、ウッディーの中で本当の持ち主はアンディーしか居ないんだな」って思えたなー。だから足の裏に書かれたボニーの名前を大切そうに見ることはなかったし、迷子のおもちゃであることを選んだのかもしれないね。
1~4まで通してウッディーは自己肯定感が低くて承認欲求が強いよくいるメンヘラ(?)だなあって思ってて、1は保身のためにバズを助けてるし、2はアンディーが大人になってもお前を必要としてくれるか?ってプロスペクターに言われて、だったら長く必要とされる博物館に行こうって考えを変えたし、3ではアンディーに必要とされてる(自分だけ大学に連れてってもらえる)から意地でも家に帰ろうとしてた。
そして4でボーの所に残ったのも、自分はボニーに必要とされてない!って言う強い思いがあって(実際そう発言してたし)アンディーの家で、好き同士だったボーと再会してしまったらそりゃ愛してくれてるボーと一緒に居るよなって。
結局1番必要とされる場所に行こうとしてる性格ではあるんだよな。めちゃくちゃ自己中だし笑そこが人間味が強くて好きなんだけどね!私はそうやって解釈してる。
自分なんか必要とされてない、だから自分が犠牲になっても仲間を助ける。っていう思考回路なのかも… だから今回の結末、ウッディーの決断を否定しない。
ただ、まじで、ほんとに1番見てて悲しくなったのはウッディーのボイスボックスが奪われたこと。もう音はならないしあの後ろの輪っかもなくて、今まであれにどれだけ助けられててあれがウッディーのアイデンティティーの一つだったことか…思い出すだけでほんとに泣ける。2の最後飛行機から降りるシーン私は忘れてないからな…
50年代に作られたおもちゃなのにボイスボックスも壊さず、腕が取れてかけても自分で縫い直すくらいアンディーにとっっっっっても大切にされてたのにその中身を渡してしまって良かったの…?ギャビーの生き方も悲しいけど、流石にそれはダメじゃ…ウッディーの声がどんどんおかしくなって目が覚めたら背中に縫い目だけが残ってたあのシーンだけは本当にでトラウマだしあのシーンは二度と見たくない。マジでここだけは1番許せなかった。
大きく話の流れ的に見ると別にああウッディーはそういう決断をしたのねって言う感じで終わるけど小さなところ言ってくとキリがないくらい嫌なところが多かった。新キャラばっかり出されていつものメンバーが車に置き去りだったしもっと出てきて欲しかった。バズも2や3はどうしたらいいかちゃんと自分で考えて動いてたのに今回どうした?内なる声を聞けとか言って考えること放棄してボイスのボタンだけ押して行動してたの見てなんか凄く幼稚というか、違うキャラに見えた。本当の心の声はウッディーについていこうとしてたじゃん。だからボタン何回も押してたんでしょ?なんでそのままついて行かなかったの。
いろんな人が言ってるけど
最後に喋っちゃったのもえぇ…って感じだったし。
1でやったおもちゃのルール破るのとは訳が違うじゃん。
言い始めたらキリが無さすぎる 。
映像やCGの技術はとても素晴らしいし、話も先が読めなくてハラハラしてわくわく観ることが出来た。もう一度観に行きたいと思える映像を作ってくれたのはありがたいけれど総合的には悲しくなってしまった…終わったあとエンドロールの時もずっと呆然としてしまった。
観終わったあと心にどこか、穴が空いた気がした。
評価を低くしている人は結末やストーリーに文句を言っているのではなく、過去のトイストーリーとの食い違いやキャラを大切にされていないあの演出に怒っています。
この世界観は不滅です
ピクサーの安定感。吹替版で観ました。
いつも新鮮な驚きがある作品です。子供たちの成長に合わせておもちゃも成長する、ありそうですがその具合がグッとくる程度感が丁度良い。とにかく観て「えー」と・・・!
是非映画館で🎦
完璧、そして製作側の覚悟
映画として完璧でした。ストーリー、ビジュアル、演出。最後の最後までエンターテインメントとしてのプロフェッショナルさを感じました。
これだけロングシリーズのキラーコンテンツなので、思い入れが強い方も多いから、結末に関して、思ってたんと違う、というギャップを感じる声が多いのもピクサーとしては想定内だったと思います。
でもこれだけのクオリティを見せつけられると、これを仕上げた製作側の覚悟も感じずにはいられません。
どんな声も受け止めるよ、という製作側の覚悟。
物を創り出して、世に送り出し、それを評価されることは怖い。万人に絶賛されるコンテンツというものは正直存在しない。
骨を切って肉を断つではありませんが、評価が別れると分かっていても、創り手側はウッディに意志を持たせ、自由な世界に羽ばたかせたかったんじゃないかと思います。
あくまで想像、妄想なので、製作側の方、違ったらごめんなさい笑
と、書きつつも、ギャビーとボーの過去エピソードはもう少し見たかった気もするので笑、消費者は贅沢ということです!
新しいトイストーリーの誕生!
私は小学生の頃からトイストーリーが大好きで、ウッディとバズのぬいぐるみを肌身離さず持っていました。
1番好きなのは3ですね。
あれは涙無しでは見れません😭
本当に完璧に完結させてくれたなと思っていました…
が、しかし! 続編が出ると聞いて最初は正直嫌な気持ちが強かったけれど、大好きなトイストーリーがまたスクリーンで観れるかと思うと嬉しくてたまらなかったし、グッズも楽しみで仕方ありませんでした😂
感想は…
面白かったですよー✨
次はどうなるんだろう?と終始ワクワクしながら見ていました😁
1つの作品として物語構成がしっかりしており、さすがピクサー作品と言った感じでした。
ファンとして言わせて頂くと…
寂しい!!
これが正直な感想です😔
ハム、レックス、ポテトヘッド、スリンキーの出番が少なかったー💦 あと、これは仕方ありませんが声優が変わってるキャラも少なからずいました💦
でも見て良かったです!
アンディ編は3までで終わり、4からはおもちゃ達の新しい人生の物語と言った感じでウッディ編が終わったような…
そんな感じのまったく新しいトイストーリーとしてとても新鮮な気分で見る事ができました。
ファンにとってはボーピープが再登場したり、ボーピープがいなくなった理由がやっと見れて嬉しかったー!
ウッディが下した決断は私は好きです😌
悩んでるウッディを見てバズが発した言葉「彼女は大丈夫だ。ボニーは大丈夫だ。」の一言にウルウルきてしまいました🥺
その言葉の中には、「今までみんなをまとめてきてくれてありがとう。リーダー、お勤めご苦労様。これからは俺が守っていくから自分の気持ちに正直になって自分の幸せを考えろ!友よ。」そんな想いが詰まっていたように私は感じました。本編はあっさりとしたお別れだけど、それがまた良くて、今まで見てきたファンならあのシーンだけで感じ取れるはずです。
バズとのハグシーンは本当に良かったです。
アンディやボーピープの顔が変わってて、あれ?っと思うところやこれからのことを考えると、ウッディとバズ達が交わる事がなかったり、もしアンディがボニーを訪ねてきたときにウッディがいないとめっちゃショック受けるだろうなとか寂しさは否めませんが、あまり深く考えずまったく新しいトイストーリーを楽しんで下さい!
ピクサーのみなさん!続編をありがとうございました!
これからも作品が出ることを期待しています!
4を視聴することで、3のラストで感動出来なくなった
3のラストでアンディがウッディたちをボニーに譲渡するシーンは歴代の中でも屈指の感動シーンだったと思う。
「大切にしてあげて」とボニーに渡したウッディは4ではボニーに飽きられホコリを被って、ボニーの親には土足で踏まれ、いなくなっても探されもしない。
ボニーは子供だから仕方ない、そうは思うが今後「3」を見る度に今まで感動していたシーンで
「でもこの後ウッディはボニーの家で最終的にあんなぞんざいな扱いを受けるんだよな…」
と考えてしまい、ボニーに渡さないでほしいとモヤモヤするようになってしまう気がする。
3のラストにケチがついてしまったことが本当にもったいないと思う。
人間模様ならぬおもちゃ模様??
まさかの最後で…えーーーという、今までのトイ・ストーリーではない結末。
見方、感じ方は個人でいいのかなと思うのでした。
えーーーって書きましたけど、ワタシは今回の結末も好きでした。ギャビーのあたりからうるうるしちゃいました。
人間が気づかないところで、こんな冒険やロマンス、いろんな思いがあるのかもって、真剣に考えたら、うちにいたリカちゃん人形とかうさぎ(実はくまだったwww)のぬいぐるみとか、なに考えてたのかなぁ…とか。
これからバズは、ジェシーは、フォーキーはどうなっていくのか、そしてウッディとボーはどんな風に過ごして行くのか、気になって仕方ありません。
子ども向けかと言われたら…ちょっと違うかも(笑)
思いつきの是非
2D 吹き替え版を鑑賞。トイ・ストーリーの1作目が公開されたのは 1995 年のことで、スティーブ・ジョブズが PIXAR 社を設立してから 10 年後のことであった。同社初の公開作品で、史上初の全編フル CG という画期的な作品であり、それまでの 10 年間は視聴に耐える作品が生み出せず、ジョブズは毎年 10 億円ほどを注ぎ込んでいたが、初作の収益が 140 億円程あったため、10 年分の投資を完済してもまだ 40 億円程の利益があったらしい。この年、我が子らは長男が5歳で、ビデオになってから何度も一緒に見て、長女はまだ生まれていなかった。
5年後の「トイ・ストーリー2」の時は息子が 10 歳、娘が5歳で、2人を映画館に連れて行って鑑賞し、更に 11 年後の「トイ・ストーリー3」の時は、息子が 21 歳、娘が 16 歳で、この時も2人を連れて見に行った。特に3は大人の鑑賞にも耐える名作で、思わず涙ぐまされるほどの感動的な作品であった。
あれから更に9年が経ち、我が子らは2人とも親元を離れて就職しているため、本作はぼっちで観に行った。3を上回る感動作を期待したのだが、シリーズ物の暗黒面に落ちたのでは、と思わされるほどの肩透かしを食らわされた感じを受けた。
新規性を出すべく、脚本を弄りすぎて失敗した作品はハリウッド映画には珍しくない。エイリアンの3作目や4作目、マトリックスの3作目や、パイカリの3作目、ターミネーター・ジェネシス、Star Wars の Ep. 8 など、作り直せと言いたくなるほどの劣化した内容には立腹を禁じ得なかった。
本作もまた、やってはいけないことをやってしまった感が拭えない。それは、アンディの価値観や立ち位置の革命的な変更であり、賛否両論があるだろうが、個人的には、これまで積み上げて来たものを粉々にしてしまったような喪失感が我慢できなかった。
新メンバーのフォーキーは、持ち主のボニーが使い捨ての先割れスプーンなどを使って自分で作ったお気に入りなのだが、自分をゴミだと思い込んで頻繁にゴミ箱に入ろうとするなど、自殺願望を持つようなウザいキャラである。そんなフォーキーが持ち主のボニーからはぐれてしまったので、連れ戻そうとするウッディの熱血と実直さが、この物語を牽引する原動力になっていた訳なのだが、あのエンディングでは、ウッディは自分の個性を形成する熱血や実直さを捨ててしまったに等しい。自己犠牲まで描いているのに、これはあんまりである。(つД`;)
自分を送り出した組織に背を向けるという話は、ジェームズ・キャメロンが最も得意とする話で、「ターミネーター2」や「エイリアン2」から「タイタニック」や「アバター」まで、大雑把に言ってしまえば、全て同じような話の骨格を持っている。個人的に、そういう話にはウンザリしていたのに、これでまた増えてしまった感が否めない。
笑えるシーンも多く、映像のクォリティも申し分ないどころか、電気スタンドのボー・ピープなどは、今までにないほど魅力的に描かれていただけに、勿体ないという思いが尽きない。3の監督だけを他者に譲ったジョン・ラセターが、3の出来の良さに焦ってしまって、復帰作でこういうことをしでかしてしまったのではあるまいか、などと、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
音楽は第1作から担当しているランディ・ニューマンが相変わらず見事なスコアを書いていた。この音楽でなければトイ・ストーリーの世界は醸し出せないに違いない。演出は流石にこの世界を生み出したラセター監督だけのことはあると思われたが、あの終わり方が全てを台無しにしているとしか思えない。
(映像5+脚本1+役者3+音楽5+演出5)×4= 76 点
素敵でした
酷評が多かったので観るまで不安でしたが
私は笑えるところもあり素敵なストーリーだと思いました。
誰が書いているか分からない評価に一喜一憂するのは馬鹿らしいなと思いました。
やっぱりディズニーは外れないですね!
全699件中、581~600件目を表示