劇場公開日 2015年12月12日

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「自らが作り出した地獄巡りへ、ようこそ」独裁者と小さな孫 りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)

4.0自らが作り出した地獄巡りへ、ようこそ

2016年1月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

モフセン・マフマルバフ監督がジョージア(旧国名:グルジア)で撮った『独裁者と小さな孫』。
彼の持ち味は、少しすっとぼけたところ。
落語の世界でいうところの「フラ」といいうやつ。
真面目な題材であっても、どことなく滑稽味が感じられる作品が多いのが特徴。

独裁政権のとある国。
軍事クーデターで、一瞬のうちに政権は崩壊して、独裁者は幼い孫息子とともに旅芸人に化けて国中を逃げ回る破目になる。
そこで、ふたりが目にしたものは・・・というハナシ。

ひとことでいうと、自らがつくりだした地獄を経巡る話といえる。
はじめ、独裁者はその地獄に気づかず、最初に逃げ込んだ田舎の貧しい床屋では、床屋の主に対して「お前たちは税金を払わない」と憤っていたりする。
それが、転々と逃げるうちに、3か月も給料をもらっていない軍人たちや、さらには軍人に凌辱されてしまう花嫁などに出遭い、憤ってばかりもいられなくなってくる。
いわば、地獄の亡者のひとりと化していく、といっていいかもしれない。

たしかに、この地獄、はじめに作り出したのは独裁者そのひとなのだけれど、たぶん初めは理想の国だったのだろう。
それが、権力を恣(ほしいまま)にすることで煉獄となり、そして、クーデターにより、無秩序状態となって、真の地獄になってしまった。

独裁者と孫が巡るエピソードを視つづけていくと、あれまぁ、独裁時代のほうがまだ秩序があってマシだったのではないかしらん、とおもうほど。
観ているうちに思い出したのは、ナチス・ドイツ軍によって蹂躙される白ロシアの村を少年が巡っていく『炎628』。
ただし、あの映画ほどの恐ろしさはなく、独裁者と孫に次々と迫る危機も意外なほど、そっけなく切り抜けていくあたりも、それはマフマルバフ監督の持つ「フラ」によるものだろう。

そして、終盤、あっけらかんなほどにこの地獄を断ち切る方法が謳いあげられる。
それは「復讐の連鎖を断ち切るしかない」ということ。
復讐・報復は、復讐・報復しか生まず、秩序や正義などは生み出しはしない、と。

あぁ、そのとおり。
そのとおりです。
こんなにもストレートに謳いあげるとは!

ナイフとピストルによる復讐と報復が、映画的マジックによってパンと植木鉢に替わって、不思議な平和な幸福感をもたらした『パンと植木鉢』と比べるとなんとストレートなことか。
もう、マフマルバフ監督の映画的マジックも通じない世の中になってしまったということかもしれない。

もういちど、マフマルバフ監督の映画的マジックの通じる日が来てほしいものだと切に願う。

りゃんひさ