「番犬としての苦悩」アメリカン・スナイパー 松井の天井直撃ホームランさんの映画レビュー(感想・評価)
番犬としての苦悩
<羊になるな、狼になれ!>
厳格なる父親は更に続ける。
「お前は番犬だ!」…と。
世界の警察を自負するアメリカに生をうけ、父親の言葉を深く噛み締めながら生きて来た主人公のカイル。
彼はある事件をきっかけに、自分の生きる道を見つけだす。
そんな彼が軍隊に入り、少しづつその類い稀なる才能を伸ばして行くのだが…。
仲間達からは"伝説"と呼ばれては時に尊敬され、時にははやし立てられ。
しかし【番犬】たる彼の胸の中には、戦場の日々の暮らしの中で巨大なるモヤモヤが、刻々と増幅されて行くのだった。
『パーフェクト・ワールド』で『サリヴァンの旅』を巧みに取り入れ、『グラン・トリノ』ではまるで『生きる』の変形バージョンの様に…と。
こんな生まれ変わらせ方があったのか!と感嘆させて来たクリント・イーストウッド。
この作品では、強力なライバル…と言って良いのかどうかわからないが、主人公のカイルの真逆な存在にあたる狙撃手の存在。
映画ではお互いに戦場で対峙し…。一見あの潜水艦映画の名作『眼下の敵』を想起させながらも、この二人の間にはあの作品で描かれていた。顔は知らないがお互いに指揮官としての立場を越えた<尊敬の念>は、一切見られない。
あるのはただ一つ【憎しみ】だけだ。
【番犬】でありながら自分の目の前で次々と仲間が<奴>の餌食となっていく。
その事実がジワジワと彼の心を蝕んで行く。
そんな彼を見ては、「心も戻って欲しい…」妻はそう訴える。
しかし、【番犬】としての憎しみは妻の訴えに耳を傾ける事は無い。
憎しみを越えた"復讐心"
それは最早後戻りが出来なくなってしまい、遂に地獄の門をノックしてしまう。
遂に確認出来た<憎い敵>の姿
胸に忍ばせていた"ある物"
やっとそれを投げ捨てた時に、彼の心は妻の、そして子供の元へと帰って行ったのに。
戦場場面の緊張感も凄いのだが、個人的には一旦帰国し、家族と過ごす何気ない平和な一時にかいま見られる緊張感の方が遥かに凄く感じた。
よっぽどの軍隊マニアならば、この主人公の人生に詳しいのだろうが。我々普通の日本人からすると、この主人公の人生を知る人などほとんど居ない。
その為に、家族との一見静かな暮らし振りにこそ、「この先に一体どんな事が起きるのだろう?」と、身を乗り出して観てしまうのだ。
そして迎えるラストのやるせなさたるや…。
そこに到るまでは散々《愛国心》を見せ付けていながら。最後の最後の一瞬に観客の脳天に、ガツン!とハンマーを振り下ろすが如く、「はっ!」と作品の持つ本当の本質を180度変換させてしまう。
全く恐ろしく…いや、恐れ入ってしまうのだ!
(2015年2月24日 TOHOシネマズ西新井/スクリーン5)