劇場公開日 2015年11月7日

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起終点駅 ターミナル : インタビュー

2015年11月7日更新
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日本代表“リベロ”佐藤浩市が見守った、本田翼の成長ぶり

日本を代表するリベロがいれば、心強いことこの上ない。「起終点駅 ターミナル」においてそのポジションを担ったのが佐藤浩市だ。本田翼からのパスをことごとく受け止め、時には指令塔となって若手女優の成長を見守った。2人で築いたホットラインがつむぎ出す、諦観から再生に向かう男女の営み。決して平たんな道ではないだろうが、必ず光が差すと感じさせる説得力をもって迫ってきた。(取材・文/鈴木元、写真/根田拓也)

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家族を捨ててまで愛そうとした女性・結城冴子を目の前で失い、それを罪として背負い北の果てに逃れた弁護士・鷲田完治。世間との関わりを拒絶するように生きていたが、担当した覚せい剤事件の被告・椎名敦子の存在が心中に波風を立てていく。直木賞作家・桜木紫乃さんの同名短編の映画化。佐藤の完治に対する理解、アプローチが興味深い。

「台本を読んで、一緒に生きていくために冴子に会いに行ったのではないんじゃないか。もしかしたら逆だったのに、彼女の顔を見ると言い出せず自分の思いだけ先行した言葉を放っちゃったんじゃないか。だから彼女は死んだんじゃないかと考えると、この役が腑(ふ)に落ちたんですね」
一方の敦子も、10代で家を出て人には言えないような苦労もしてどこか人生を投げ出しているような女性。原作より実年齢に近く設定されているとはいえ、明るい役のイメージが強い本田にとっては相当の覚悟を持って臨んだはずだ。

「敦子のようなタイプの女の子をやってみたいという探求心というか、新しいものに挑戦したかったんです。お相手が佐藤浩市さんで、日本を代表するような俳優さんと二人芝居ができる機会なんて滅多にないですし、今後いつそういうチャンスがくるか分からないですから」

「日本を代表する」のところで佐藤が「じゃかあしい」と苦笑いでたしなめる。本田のキャスティングを聞いた時点では、どこか意外だと感じていたからだ。だが、それは撮影を通して杞憂に終わることになる。

「ビックリだなあというか、この内容であれば誰もが思うことだと思うんですよ。彼女の作品を全部見たわけではないけれど、どちらかというと等身大の明るいキャラクターだし、どうなんだろうなあとは思っていましたよ。でも結局、例えれば服の上からでは傷は見えないし、ほとんどの人が私は傷を負っていますって顔をして生きているわけではない。映画を追っていく中でその人の傷が見えればいいわけで、そう考えると結果的に彼女が敦子を演じたことが僕にとっても映画にとってもプラスだったんじゃないかな」

本田も、敦子の詳細なバックグラウンドが書かれたプロデューサーのメモを基に真摯に役と向き合う。その中で、ひとつの方向性を見いだした。

「そういう生活が長ければ長いほど慣れてしまっているから、自分の生活が不幸だとは思っていないんだろうなと思えて。だから本当に暗い顔をして、すごく重い雰囲気をまとっている女の子ではないかもしれない。シーンによって暗い部分、重いものが見えればいいのかもしれないと思って、できるだけ普通を心掛けました」

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稽古はしたものの、ほとんどは現場で芝居を重ねる“実戦形式”で2人の関係性を積み上げていったという。これには佐藤の長年培ってきた受けの芝居、懐の深さによるところが大きい。

「僕は日本を代表するリベロですからね。全部拾いますから。同世代の人間と一緒にやる時は、相手がどうくるかなあと考えて、あっ、そっちできたか。じゃあ僕はこう出るかという駆け引きのようなことをする時もあるけれど、若い人が何をやってくるかは読まないです。逆に考えてもしようがないので、好きにやってくれ。全部受けるからって」

これは本田も感じていたようで、我が意を得たりと表情がほころぶ。

「監督に何か言われて、それを理解できないのが一番イヤなんですよ。でも、それってどういうことなんだろうという瞬間があって、浩市さんの前でやってみないと分からないってことになってしまうこともありました。1回やっても分からなくて、2回目でちょっとつかめて、3回目でやっと分かるといったことがけっこう多くて。本当にお付き合いしていただいて、そういう中で自分がどんなことをしても受け止めてくれているという安心感はありましたね。それが今、確信に変わりました」

2人の初対面とクライマックスの裁判所のシーンは、メインのロケ地だった北海道・釧路よりさらに東の厚岸町で撮影された。当初はクランクイン直後に続けて撮る予定だったが、本田にいきなりヤマ場を迎えさせるのは負担が大きいという佐藤の配慮もあり、釧路でのロケを挟むことになった。

「そこで芝居がどう変わるかわからないけれど、気持ちとしては違うだろうし、釧路の1カ月で自分の目、体を通して何が過ぎ去ったかを経験してやるのと、本を読んで想像でラストと思ってやるのとは意味が絶対に違うから。気は心ですよ」

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本田もその心遣いに感謝することしきりだが、思わぬ佐藤の“口撃”が待っていた。

本田「最初に撮影すると聞いていたんですけれど、釧路が終わってからになったと言われた時に、まず浩市さんに感謝しましたね」
 佐藤「面倒くさいって言っていたって聞いたぞ」
 本田「えっ? えっ? なんで?」
 佐藤「先にやっちゃおうって」
 本田「言――――っていない、言っていない。それ、ダメです。そんな思考はないです」

思わず吹き出してしまうやり取りだが、2人が固い信頼関係で結ばれていることをうかがわせる。クライマックスで裁判の証言台に敦子の決意に満ちた表情はりりしく、頼もしくさえ映る。完治も、自らに課した罰から一歩踏み出そうとする。その喜びをかみしめるような穏やかな笑顔が印象に残る。

「今後の自分の見方を変えてくれる作品になりました。女優として新しい道を開いてくれたので、本当に感謝しています。女優としてまた頑張ろうと思えたのが大きいですね」

どん欲になった本田に、佐藤も期待を込めて「そうなってもらわなきゃ、こっちも困るでしょ」とさらに叱咤する。それは自身が20代前半の頃、先達の背中を見て学んだ経験に裏打ちされた助言だ。

「若山(富三郎)さん、緒形(拳)さん、(原田)芳雄さん…そういう人からもらったものは確実にある。『魚影の群れ』の後に、僕が『犬死にせしもの』をやっていた時かな。撮影所で緒形さんとすれ違った時に『面白そうなものやってんなあ、おまえ』って言って去っていく。ああ、この人根っからの映画人なんだな。そう思われるような作品をやっていきたいなと思わせてくれた。現場でああしろこうしろという芝居の世界ではない、心の持ちよう、気構えですよね」

佐藤の薫陶を糧にした本田が、いかなる変化を遂げていくのか、楽しみになってきた。

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