「英雄かただの無法者か」ザ・ウォーク DOGLOVER AKIKOさんの映画レビュー(感想・評価)
英雄かただの無法者か
ストーリーは
1973年 パリ。
フィリップ プテイは,ストリートパフォーマー(大道芸人)としてパリで綱渡りをして生活を始めた。こんなことをしていて定職に就こうとしない息子を、厳格な両親はとっくに見限って勘当してくれた。生活がどんなに厳しくても、フイリップは自分が子供の時からあこがれていた綱渡りを続けられることが、嬉しくて仕方がない。芸は、サーカス芸人のパパ ルデイから教えを受けた。しばらくは彼のサーカス団に加わっていたが、しょせんフイリップは人に使われるような仕事は続かない。たった一人、自由に街を歩き、気に入った所にロープを張って芸を披露して、立ち止まって見てくれた人から小銭をもらう。
ある日、彼の帽子に、小銭ではなくて大きな飴を子供が入れてくれた。それを思い切り噛んだフィリップは歯を傷付けて、歯医者に行く羽目になってしまった。歯医者の待合室で順番を待つ間、雑誌を見ていたフリップは、ニューヨークで建設中のツインタワーの写真を見て、その姿に魅せられる。この二つのツインタワーに綱を張って、その上を綱渡りしたい。この日から彼は憑かれたように、ツインタワーの間を歩いて渡る日を、夢に見る。日常でフランス語を話すのを止めて、英語で会話するようになった。心は、もうとっくにニューヨークだ。そのころ、同じストリート パフォーマーで、歌手のアニーと出会い、一緒に暮らし始める。二人でニューヨークに行って、ツインタワーの最上階で綱渡りを成功させることが、二人の夢になった。アニーは、フイリップの綱渡りを成功させるために、美術学校の友人、カメラマンのジャンを説得して、彼を計画に加える。フイリップは、ノートルダム寺院の尖塔など、次々と高い建物の上に綱を張り、綱渡り芸人として成功し、ジャンはカメラマンとして、綱渡りするフリップを写真に収める。二人は徐々に人に知られるようになり、人気者になっていった。
フイリップンはいよいよニューヨークに渡り、建設中のツインタワーを調査し始めた。最上階までどうやって登るのか、二つのビルの間にワイヤーを張れるような柱があるのか、ガードマンは’夜中どのように巡回しているのか。フイリップは工事現場の職人のように装い、ツインタワーの情報を調べた。そんな彼の変装を見破って話しかけて来た男が居た。ツインタワーの中にある保険会社に勤めるバリー グリーンハウス。彼はノートルダム寺院で綱渡りするフイリップを見ていて、彼のファンになった男だった。その日から彼もツインタワー綱渡りプロジェクトの仲間に加わる。仲間は、カメラマンのジャン ルイス、彼の親友でアーチェリーの達人ジェフ、電気専門家のジャン ピエール、もう一人のカメラマンのアルバート、そしてバリー グリーンハウスと、恋人のアニーだ。もちろんサーカス団長のパパ ルデイも一緒に知恵を絞ってくれる。一方のタワーからアーチェリーでまず縄を渡し、そこからワイヤーを張る。とうとう、ツインタワーの工事が終了し、建物が完成する日が近付いた。チームは決行の日を1974年8月6日の夜明けと決定した。失敗は許されない。成功すれば、世界で初めて、110階、地上411メートルの高所を綱渡りした人として、新記録を残すことになる。
決行前夜、チームはツインタワーに二手に分かれ、首尾よくビルに潜入して屋上に達した。誰にも気付かれないうちにワイヤーをビルの間に渡さなければならない。しかし思いのほか警備が厳しい。ガードマンをやり過ごすために、重いワイヤーを屋上から落下させてしまったり、見回りから姿を隠すために何時間も身動きが取れなかったり、仲間が穴から落下しそうになったり、もう一方のタワーから飛んできたはずのアーチェリーの矢がどこに刺さったのかわからなかったり、予想外のことがたて続けに起こる。何とか障害を克服して、予定から3時間遅れてフイリップは遂に綱渡りを始める。早朝の勤務に急ぐ人々の足が止まる。フイリップの心は平静だ。一方のタワーに着くと、下からハラハラして見上げている人達は大きく拍手する。フイリップは、またもとのビルに引き返し、縄の中央で膝をついてみせ、寝て見せて、歓声をあげている人々を熱狂させた。
そのころには警察官がフイリップを拘束しようと両ツインタワーの屋上に集合している。ヘリコプターまで出動してフイリップを止めさせようと必死だ。それを知っていてフイリップは、6回ワイヤーを渡り、彼のチャレンジを終えた。怒り狂ってフイリップを逮捕する警察官たちを後目に、彼はたくさんの建設工事労働者たちや、見物人たちに盛大な拍手をもって迎えられる。そして階下では、マスコミ報道陣が待ち構えていて、インタビュー責めに会う。
彼は違法で危険なことをした犯罪者であったと同時に、勇気ある綱渡り芸人で、人々の英雄になったのだ。これを機会にフイリップは、ニューヨークで暮らすことになる。
ツインタワーが完成してから、フイリップはタワーの展望台に登るチケットを賞与された。このチケットの有効期限のところは、消されていて、フイリップはいつでも気が向いた時には、「永遠に」、このタワーに登ることが許されたのだった。
というストーリー。
この映画の一番の見所はやはり、ツインタワーに張ったワイヤーを、フイリップが一歩、踏み出す瞬間だろう。朝霧で少し先のワイヤー以外 何も見えない。対岸のビルも見えない。白い霧の世界だ。その一歩先のワイヤーしか見えない世界を足を踏み出す。数歩歩いたところで、魔法のように霧が晴れて美しいグリーンの下界が’くっきり目の前に広がる。突然白一色だった世界から色のある世界が広がっていく、その瞬間がみごとな映像で、感動的だ。
フイリップが子供の時に大道芸人の綱渡りを、初めて見て心を奪われてからというものの、ずっと自分が一流の綱渡り芸人になる夢を捨てずに努力して、夢を実現させるところが偉大だ。子供の時は誰でも夢を見るが、その夢を実現する人は少ない。親に勘当されて、嬉しそうに家を出るフイリップの姿が印象的だ。一見小柄で軟派に見えるフイリップが、いつも頑固ともいえる自分の強い意志を通す。そんな彼に逆らったり、忠告したり、考えを変えさせようとしたり衝突しながらも、彼をしっかり支える友人たちも偉い。始め、街かどでギターを抱えて歌を唄っていたアニーが、綱渡りするフイリップに見物人をみな取られてしまって、文句を言いに行く。しかしアニーは文句を言っているうちにフイリップの熱を帯びた話し方に引き込まれてしまう。そのアニーがカメラマンのジャンを連れてくる。そのジャンがジェフを連れてくる。ジェフがアルバートを、というようにフイリップのまわりに仲間たちが自然と、吸い寄せられるように集まってくる様子が興味深い。フイリップのように強い意志を持った人には、特有の「磁力」とでもいうものが働いて、自然と周りの人を巻き込んで自分の方向に向かせてしまう力があるのだろう。
ただひとりの男が綱を渡る。それだけの映画なのだが、ただそれだけのことのために、それを支える仲間たちが惜しみなく協力する。その懸命さに心を動かされる。
主演のジョセフ コットンレビットは、祖父が映画監督のマイケル ゴードン。芸術家の家系の中で4歳の時から子役で舞台で演技をしていたという。「500日のサマー」(2009)、「インセプション」(2010)、「バットマン ダークナイトライジング」(2012)、「ルーパー」(2012)などでおなじみ。せっかくクリスチャン ベールから引き継いで、次のバットマンで登場するのかと思っていたら、次のバットマンはベン アレックに決まってしまいがっかりだ。でも、2016年に完成される予定の映画、「エドワード スノーデン」の主役に抜擢されたそうで、映画の完成が楽しみだ。バットマンより、スノーデンの方が彼らしい。
この人も役作りに凝る人で、フイリップ プテイを演じるにあたって、本当の綱渡り芸人について特訓を受けて、スタジオに張られた綱を、平均棒を持って自分で本当に綱渡りをしてみせたそうだ。
フイリップはアメリカに行くと、決めてからパリに居る間も英語で通した。この映画は英語が60%、フランス語が40%くらいの割で会話が進んでいて、どっちも分かっていないと見ていて結構つらい。でも役者のジョセフ コットンレビットは、コロンビア大学でフランス文学を専攻して卒業していてフランス語には困らない人なのだそうだ。こんなとき日本人ってどんだけ語学で損をしているのか、と恨めしくなる。この役者は、英語なまりのフランス語ではなくて、フランス語なまりの英語を話す役を演じるために、プロについて発音を自分のものにしたのだそうだ。なかなかできないことだ。
この映画の前に、監督ジェームス マシューによるドキュメンタリー映画「マン イン ワイヤー」(2008年)という作品がある。ドキュメントフイルムと、フイリップ プテイの関係者のインタビューを編集した映画で、第81回、2009年のアカデミー賞ドキュメンタリーベストフイルム賞を受賞している。彼の行為は法的に罰金や拘留といった結果をもたらす違法行為であるにもかかわらず、常に自己の勇気を鼓舞させ、限界に挑戦していく姿が多くの人に高く評価されることで、賛否両論の的になってきた。
勇気ある人生のチャレンジャーか、ただのウケを狙ったお騒がせ行為か。
人気者か犯罪者か。
揺ぎ無い美意識を持った芸術家か、大人になりきれないやんちゃ坊主か。
英雄か、無法者か。
不可能を可能にした努力家か、社会に貢献しないヨタ者か。
人によって評価は異なるだろうが、そんな彼のために「マン イン ワイヤー」という映画と、「ザ ウオーク」という、2本の映画が制作された。どちらを観ても、同じくらいおもしろい。フイルムがIMAXにも3Dにもなった。これも極端な高所恐怖症でない限り楽しめることだろう。