「無理解というカタルシス」ザ・ウォーク 美山吹(赤木真紅朗)さんの映画レビュー(感想・評価)
無理解というカタルシス
この映画から私が受け取ったのは、「世の中にはマジでこんなことをしでかすやつがいる」ということです。
主人公のフィリップは、何かのために綱渡りをしたいのではなく、綱渡りこそが生きる目的、というぶっ飛んだ人物です。映画全体が彼の主観に寄り添う形で描かれますが、感情移入はできてもなぜ彼がそこまで綱渡りにこだわるのか、なんて理解はまったくできません。
理解はできなくても、おしゃれな音楽とテンポのいい編集が心地よいので、クライマックスのワールドトレードセンターまで一気に持っていかれます。
無理解が極致に達するのがクライマックスで、ただでさえ常軌を逸しているフィリップの行動はここにきてどんどんすごみを増していきます。
彼がこちらの想像を超える行動をとった時、、「く、狂ってる…」と思わずつぶやいてしまったほどでした。しかもそれ級のことを次々に繰り出してきて、綱一本の上でここまでのことができるのかと驚かされます。
それを通じて描かれるのは、「あっ、この人のことは絶対に理解できないな」という断絶です。しかし、その断絶こそが心地よい。彼が今まで見たことのない世界をワイヤーの上からみたのと同じように、観客もまた、いままで想像したこともないような他者の心の中を見ることになります。
これはまさに、映画でないと表現できない極致でしょう。3D映像がここまでテーマと密接に絡み合っている映画は、その表現自体に感動してしまいます。まさにフィリップの行動が、テーマやメッセージを越えた「表現」それ自体によって観客を感動させたのと同じように。
恐ろしいのはこれが実話だということ。フィリップは実在してこの目もくらむような犯罪も本当に行われたのだと思うと、本当に彼にしか見えなかった世界があったのだろう、と想像せずにはいられません。
すべてが終わったあとに不意打ちのように残される悲しい余韻も味わい深く感じました。
IMAX3Dで観賞できる人は絶対にみたほうがいいです。
手汗でびしょびしょになるし、内臓が冷える感触があるし、上映前にはトイレに行っておいた方がいいと思いますが、「表現」の偉大さを感じることができます。