野火のレビュー・感想・評価
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【毎年、8月に「野火」を読み、観る意義。強烈な反戦映画である。】
視覚的に、観ているのが非常に辛い映画である。
小説を読んでいる際には、自分の脳内でリアルな映像化を拒絶している部分があったのだが、ここまで苛烈にフィリピン・レイテ島での70数年前の出来事を映像作品として見せつけられると逃げようがない。
塚本晋也の現代日本の状況に警鐘を鳴らさねばという気概、そして初演以来5年たった2019年夏にこの作品を上映する映画館の姿勢に襟を正される。
日本が、このような作品が制作されても、上映出来ない国にならないことを切に願うし、そのためには私たちは何をしなければならないのかを深く考えさせられる作品でもある。
<2019年8月14日
毎年、夏になると強烈な数々の反戦映画を上映してくれる”反権力の気風、気概の高き都市”のミニシアターで鑑賞。>
BSで録画していて視聴 原作を昔読んでいて展開は大体知っていました...
これでいい…
目を覆いたくなる凄惨な画をただ並べて見せて
「どう? 戦争ってひどいよね?つらいよね? でしょ!」
というような意図でセンセーショナルに打ち出しただけの作品かもしれません…
でも今のわたしたちは、戦争の記録や記憶を見聞きしただけに過ぎませんし
遠い異国で実際に起きている内戦やテロ事件をニュースで報道されていても
今のわたしたち世代は、実感として受け止めることのできるヒトは少ないでしょう…
戦争を知る世代しか… 本当の所、とやかく言う権利はないかもしれません…
【本作に関わらず、世にあるすべての『戦争映画』は
イコール『反戦映画』であると結論付けます!】
…と、はっきりわたしには断言することはできません。 …が、言わせて下さい!
良いように解釈してくれとは言わない
理解してくれとは言わない
嫌悪感を抱いてもらっても構わない
なぜならば、それが今のわたしたちの抱く『戦争』なのだから…
塚本晋也 監督 作品 『野火』
わたしも、いつか観よう、観ようと思ってはいたのですが踏ん切りがつかず…
そんなある日、外出からの帰宅後、テレビをつけたら丁度放送してた訳で
もうわたし画面に釘付けで、90分間動くことができませんでした(笑)
BSとは言えよくぞ!放送してくれた!民放局にお礼申し上げます!
では、クリント・イーストウッド監督作『父親たちの星条旗』より
冒頭のモノローグを記して、わたしの感想と代えさせて頂きます…
「戦争を分かった気でいる奴はバカだ。
特に戦場を知らぬ者に多い。
皆、単純に考えたがる。
善 対 悪
ヒーロー 対 悪者 …。
だが実際は我々の思うようなものではない。」
意味不明、
ストーリーはわかる、当時の過酷さもわかる。
が、ただむごたらしい、グロテスクな画が多いだけの映画に成り下がってしまってる感がある。
作った方の、結局のところの意図や、なんでそんな画をあえていれているのか、その表現の感覚がわからないし、なにをもって「それでよし」としてる作品なのか意味不明。
ただむごたらしくグロテスクにしたら戦争映画だ、訴えられる、とカン違いしてるような作品。
あと、セリフの声が小さすぎる。
ボソボソしすぎ。
疲弊した様子を表現したいのかもしれないが、やたら主人公などの声が小さく、それでいて女性が叫ぶ声や爆撃などの音は大きい。
映画として作る側の無神経さ、不親切さもうかがえる。
これらの点で、完成して見直した製作陣はなんとも思わなかったのだろうか。
よって、「★ゼロ」。
展開の古さ
二度と見ない
監督の情熱
これが戦争。
何と戦っているのかもわからない、どこに向かっているのかも分からない。
それでも生きて日本に帰るというそれだけを頼りに、密林を彷徨い、追い詰められ、最後の最後は自分の倫理感との戦い…
この映画をグロいとかストーリーが無いとか、そんな言葉だけで終わらせてはいけない。
たぶん、そう思わせるのが監督の意図したところなのでは?
戦争はグロいしストーリーなんか無いのだ。
生きるか死ぬか、それしか無いからそれだけなのだ。この映画はそれで良いと思う。
最近の戦争映画モノは、変に綺麗て変なメロドラマやお涙頂戴や戦闘賛美ばかりでもう沢山です。
グロくて汚くて醜くて酷くて目を背けたいものが戦争だと、この映画は教えてくれていると思います。
ロバート・キャパも、「自分は戦闘を撮るbattleフォトグラファーでは無い、戦争そのものを撮るwarフォトグラファーだ。」というような言葉を残していますが、それに通じるものがあるように感じました。
人間の正気と狂気
もう観たくない
この映画を低評価する理由はひとつです。 「血糊がわざとらしかった」...
ふむふむ
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