「許されたいと願うことさえ許されない [各所修正]」誰よりも狙われた男 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
許されたいと願うことさえ許されない [各所修正]
元MI-5(英国軍情報部)出身の作家ジョン・ル・カレの
2008年刊行作『誰よりも狙われた男』の映画化にして、
昨年急逝したP・S・ホフマン最後の主演作。
ドイツに密入国してきたチェチェン人の青年イッサ。
ドイツの情報局はイスラム教徒である彼が
テロを企てている可能性を憂慮して彼をマークするが、
ベテラン局員のギュンターは彼をわざと泳がせ、
更に大きなテロ情報源を得ようと試みる……
というあらすじ。
鑑賞中に思い出したのは2012年公開の『外事警察』劇場版。
テロに対抗する為には民間人を利用する事もいとわない非情な世界。
イッサの悲惨な過去に同情を寄せ、彼にドイツ国籍を
与えようとする弁護士アナベル(R・マクアダムス)、
イッサの父と関わりを持ち、彼の父が残した
莫大な資産を管理する銀行家ブルー(W・デフォー)、
ホフマン演じるギュンターは民間人である彼らを
危険な世界へと引き摺り込む。
脅迫紛いの方法と良心に訴える方法とを巧みに使い分けて彼らを懐柔し、
過激派に関わりがあると思しき人物をイッサを利用して
罠に嵌めるよう仕向けるのである。
非常に打算的で冷徹な男に見えるギュンター。だが
物語後半になるに連れ、実はその内側には熱い血が
流れている事が分かってくる。
恐らくは彼の血を静かに沸き立たせた、CIA局員の言葉。
子供の戯言のようなその言葉を彼は繰り返してみせる。
「世界を平和にする」
もしかしたら、打算的に見えた行動の数々も――
情報屋のイスラム人青年を気遣う言葉も、
イッサをかばう弁護士を説得した言葉も、
銀行家ブルーの熱意を掻き立てた言葉も、
本当は駆け引きでも何でもなく、
彼の本心からのものだったのだろうか。
だが、あの瞬間。
突然みぞおちを殴られるような衝撃を味わうあの瞬間。
何かが起こる予感はしていたのだ。
それでも僕は裏切られたのだ。馬鹿だったのだ。
世界はこんなにも無情か。こんなにも非情か。
許されたいと願う事すらも許してくれないのか。
あの人物の魂からの叫びが、あの打ちひしがれた
哀切極まる表情が、未だに頭を離れてくれない。
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全編ポリティカルサスペンスとしての緊張感に溢れ、
それでいて奥底には人間性を感じさせるドラマがある。
P・S・ホフマンを初めとした役者陣も残らず見事。
そして、あの幕切れ。
僕は完全にやられた。素晴らしかった。
<2015.01.25鑑賞>
余談1:
昨年10月の公開で劇場鑑賞は諦めていたが、
嬉しい事に少し近所のミニシアターで上映!
滅多に行かないのでなんだか申し訳ないけど
ありがとう某ミニシアター様……。
昨年観てたら2014年個人ベスト10内に挙げてたと思う。
余談2:
前述通り本作は、P・S・ホフマンの最期の主演作。
優れた演技力は勿論のこと、優しくも傲慢にもなれる
彼の風貌は、善悪の境界線のキワキワを歩む役において
ひときわ威力を発揮していたと思う。
序盤で彼が夜の街頭を歩くシーン。
店の照明をバックに浮かび上がる彼のフォルム。
彼で無ければ成立し得ないシーンだと思った。
亡くなるには早過ぎる役者さんでした。
ご冥福をお祈りします。